楳図かずお『こわい本(闇)』

この本はヤヴァい。

楳図かずおこわい本 (闇) (楳図かずお恐怖文庫 (4))

楳図かずおこわい本 (闇) (楳図かずお恐怖文庫 (4))

日本のホラー漫画界にその名を残す楳図大先生ですが、コアなファン以外の方だと『漂流教室』や『14歳』ぐらいを押さえて彼の作家性をイメージしている感じなんじゃないでしょうか。もちろんそれらも代表作と呼ばれるにふさわしい作品となっており広く読まれてほしい*1のですが、それと同じぐらいこのシリーズも読まれてほしいと強く思ってしまいました。それぐらいこの本が示す楳図先生のまた違った一面や、本全体の構成の鮮やかさには驚愕という言葉を使っても大げさではないです。

この本では、「闇のアルバム」「本」「ダリの男」という作品が収録されているのですが、ほぼ大半の紙面が「闇のアルバム」というシリーズものに割かれています。この「闇のアルバム」がなかなかの曲者で、当時はやった形式なのかどうかは分かりませんが、1ページ1コマで大体的に描かれたストーリーが8ページ、つまり大きい8コママンガ形式で楳図先生らしいショートショートが何個も展開されるのです。

このストーリー、言ってしまえば星新一やなーと思う所もあるのですがしかしそれでも独特の画風が圧力をもっており1コマに対応するのが精いっぱいで「次どうなるんだ?」となり見ている方を飽きさせません。その上、「見知らぬ女」のようにたまに「いやなんでそうなるんすかw」という展開もあったりして、脳の中心に筋弛緩剤を入れられるかの如く徐々にこちら側の普段の感覚を崩壊させてくれます。

その短編の嵐をくぐり抜けた後に最後の長編「ダリの男」に行きつく訳ですが、これが二重の意味ですごい。まず一つに作品自体の質がいい。楳図作品において『洗礼』等に顕著ですが、人間の美的感覚という問題はよく取り上げられています。『洗礼』はあくまで女性の観点からの美に対する恐怖についてでしたが、今回は主人公を男にしています。自分の容姿の醜さに悩んできた主人公が美しい女性に恋をしてしまう…そしてその女性と自分をつりあわせるために取った行動が予想外の結末を生むという、構成の妙を存分に味わえる作りとなっています。

そして次ですが、この本全体の構成からしても、この長編が特別な意味を持っているかのようである、ということを強く感じました。というのも、既に「闇のアルバム」が我々の感覚を麻痺させてくれるかのような連作であるといいましたが、その後で「ダリの男」を読むと、自分の感覚が本当に信じられなくなってくるようになってくるのです。不条理な短編を通り越した時自分の基準はもはや明確ではありません。その上で「ダリの男」を読むと、最後の主人公の状態が読み手の自分とシンクロしてしまうという状態になります。最初にエグい事をしたのは主人公なのですが、その結果予期せぬ結果が起きてしまう感覚を今ココで自分に起きているかのように実感してしまうという、何とも奇妙な体験をすることになりました。こんなことができる漫画はそうありません。この全体的な効果は狙ったのかそれとも偶然的なものなのかもはや分かりそうもないのが悔しい所です。

というかここに収録されている作品、60〜70年代に作られたんだぜ…?これを読めば「あなたが暗黒を覗いている時、暗黒もまたあなたを覗いているのだ」という言葉を実感できます。常識を揺さぶり、独自の世界に引きずりこむ先生の力量の一端を示す良作です。もう新品では在庫が無いようですので、ブックオフで見かけたら何としても回収しておきましょう。僕もこのシリーズ中古で全部揃っていたのに全部買うことなく適当に何個かだけ選んでしまったことをとても悔いています。


感覚ぐわんぐわんと言ーえーばー?そう、スペースマン3ですね。80年代の地下室って全部こんな感じだったのかしら…

*1:そしてトラウマを抱いてほしい