バディ・コンシダイン監督『思秋期』

・人生に焦ったり不条理にイラついたりするのは若者だけの特権じゃないぜ

ちょっと遅れてしまいましたが、『思秋期』観てまいりました。

Tyrannosaur [DVD]

Tyrannosaur [DVD]

妻に先立たれ一人暮らしをしているジョセフは、常に怒りを抱えて生活をしていた。時に酒場で暴れ、気に入らない店の窓を割り、言うことを聞かない自分の飼い犬を蹴り上げる。そんな彼が襲われケガをしたとき転がりこんだ店にはハンナがいた。彼女は献身的にジョセフを扱うが、そんな彼女も実は夫によるDVに苦しめられていた…というお話。

つまるところこの作品は人間ドラマなわけですが、単なるホンワカ物語にさせない衝撃的なシーンがあり観客である我々にショックを与えます。例えば一番最初のシーンではヤケ酒を飲みどうにもむかっ腹がおさまらないジョセフが描写されますが、そのジョセフは自分が飲み続けていた間ずっと待っていた飼い犬を蹴り上げます。昨今では映画のエンドロールで"No animals were harmed in the making this motion picture."とわざわざ描かれる位動物愛護には気を遣ってますし、物語で犬猫が出れば間違いなくヒロイン級に良い扱いを受けるのは常識なのでこの描写はなかなかにショックでした。それ故にこの物語の切実さを表現できているとも。また、ジョセフの数少ない友人である少年の継父のガラが悪く母親も少年に悪いと思っていながらも強く出れなかったりして少年の心に暗い影を落としているなど展開が重かったりします。

アスペルガー気味のジョセフに対して聖母として配置されるハンナ。何故当初見ず知らずのジョセフを助けるのかは、彼女がキリスト教の敬虔な信者であるという描写で説明されますが、しかし彼女が何故キリスト教を信仰するようになったのかというと彼女が子供を産めない体であるため信仰にすがるようになったという…しかもそれが理由で夫からDVを受けているというこれまた重い展開。酔った夫がソファでハンナに小便をかけるシーンも衝撃的でした。

DV描写で言えば、男と一緒にいたとしてハンナを殴った夫が、次の日には泣いてハンナに許しを請いているところが割とリアルだなーと思いました。例えばこれ日本でもヒモやってるチンピラとその彼女のキャバ嬢のカップルとかに当てはめて考えてみてもすんなりいくのではないでしょうか。暴力一辺倒だけでなく同情も使って相手の心をハックしていく様はうすら寒さすら感じます。そんなDV夫も外面はいい人、というのも相手の逃げ道を塞ぐ恐ろしい手段でした。

その部分がよく出来てる反面、ハンナが殴られている箇所が主に顔、というのがリアリティーから言えばマイナスかなと思います。DVの悩み相談に来る女性であそこまであからさまに顔を殴られている人はいません。何故ならDVがバレたら困るから。感情的になろうとも夫はその箇所に攻撃を加えることがあまりありません。考えてみれば顔にアザを負った女性が道を歩いているのを観たことなど何回もありませんね。

話がそれました。この映画では登場人物のほとんどが老年、それも恵まれた人生を送っているとは言い難い人々です。彼らはこれまでの人生を満足に過ごすことなく、むしろそれまでのツケを払わされているかのような余生を過ごしています。それまでロクに娘の面倒を見てこなかったせいで死の間際でも娘の家族から見放されている主人公の友人にも象徴されていますが、それは立派な”大人”になることなく老年期を迎えてしまった悲哀とイコールであるかもしれません。

賭けに敗けたといっては酒をあおり暴れ、暴力に訴えかける彼らはとても幼稚です。この映画では、老境に差し掛かった人物が自分の上手くいかないことがあるとイライラするのはそれまで社会の不条理にぶち当たった経験が浅いから、と主張しているように見えました。それまでの経験があればうまくやり過ごす対処方法を見出しているなりしているはずですがしかし彼らはそれも持たない。この作品はこの年齢までついに満たされることのなかった人々がその焦燥感に追われる姿にスポットを当てているといえるでしょう。

日本でもこんな本が一時期話題になりましたね。

暴走老人! (文春文庫)

暴走老人! (文春文庫)

高齢化真っ最中の日本ですが、高齢層が増加するにつれて老人と呼ばれる人々にも様々な人生を歩む人が出てくるのは必然であり、それまで当たり前とされていた人間の成熟ルートを通らずに年齢を重ねてしまう人が出てくるのかもしれません。かつては「小さな大人」として共同体の一員として活動していた人々が、「子ども」として扱われるようになったように、「老人」の概念も変化してきているのを認識しなくてはならないのかもしれませんね。


上述の主人公の友人の葬式での一幕は彼らに訪れた一瞬の青春ともいうべき輝かしさに満ちていて感動的でした。ジョセフとハンナについては終盤衝撃的な結末が待っていますが、それを前にして2人が辿る道は、それまでの人生にケリをつけるかのように出された結論ですし、主人公にとってはやっとやってきた人間的成熟ともいうべきものです。そこに至るまでの、焦り、迷い、打ちひしがれて成長する老人達の人生を追体験できる最高の映画でした。



この映画に一番合う曲だと思います。ニールヤングは若い時ほど人生全体を見通すような曲を作っててすごいなーと思う昨今。