三池崇史監督『悪の教典』

・学校にやってきた不審者を撃退したい、とか妄想しててすいませんでした。

三池崇史監督『悪の教典』観てきました。

久々に職場の同僚と映画館に行ってきたのですが、その時「何かちょっと映画でも観ようぜ」というノリで行ってしまったせいで観終わった後「軽い気持ちで観ていい映画じゃなかった…」と小心者の私は深く心に爪痕を残して映画館を後にすることになりました。近年のメンチサイドホラーとしては出色の出来ですし、「とりあえず映像化の話があれば撮る」三池監督久々の本領発揮の作品になったのではないでしょうか。ちなみに原作未読です。

英語教師であり他の教職員からその能力を信頼され生徒からも人望が厚いハスミンこと蓮実誠司。しかしその正体は、幼い頃に両親を殺害した経歴を持つほど良心に欠けた生来のサイコパス(精神病質者)であり、自分の欲望のためなら平気で殺人を行う人間だった。教師を続ける傍らで学園を自分の帝国にしようと同僚や生徒を手駒にし、時に殺す蓮実だったが、学園祭の日に実行した犯行でミスを犯してしまう。その隠蔽のために当日学園祭のため教室に残っていたクラスの全員を殺害する決意をする――というお話。

ともかく今回、物語のプロット上の欠陥が多数あることは否めないでしょう。パッと思いつく限りでも、

  • 心理学について精通しているはずの主人公が、自分の子どもがいじめを受けていると思い感情的になっているモンスターペアレンツに対して「いじめの事実は確認できない」と正論をストレートに返してしまい相手を逆上させてしまっている。クレーマー対応として、相手の感情を鎮めるためにはひとまず「相手の論を受け入れる」のが一般的なのでは。
  • 両親の殺害の際に、自分を刺して「暴漢に襲われた」と演出してたが、ナイフとかによる刺し傷って自分で刺したものか他人に刺されたものか調べればわかるってブラックジャック先生は言ってたんだけど…
  • そもそもアメリカだろうと犯罪者とか(少なくとも表面上は)でもないのに権力振りかざしてブラックリスト入りさせて入国禁止とかできんの?
  • サイコパスの一言で終了といえば終了だけど、それでも生徒を全員殺すことを決意する流れが唐突すぎる。
  • ゲーム脳の俺が言うのもなんですが、弾丸無限過ぎ。
  • というかそもそも人殺し過ぎじゃね。もう殺さない方が手っ取り早いと感じるケースもあった。あんだけの殺人を犯しておいて出所は無理では。脱獄?

以上の点が観ていて気になりました。この話自体現実離れしたもの(ですよね?)なので恐らく映像化に際して無理くり辻褄を合わせた部分がかなりあるのではと推測してしまいます。

しかしそれでも面白かった!と言わせるだけの魅力がある映画です。この映画の一番素晴らしい所は、無力な人間をそのまま無力なものとして描いていることだと思います。近年の映画ではマーク・ザッカ―バーグよろしくナードっぽいダメ人間が主人公として設定されることがブームっちゃあブームであり、その主人公が結局嫌みなジョックスどもを打ち負かして人間的に成長する、という筋の映画がスタンダードになっています。つまりそれはどんなダメ人間でも価値ある人生を送ることが可能だというメッセージ。普段現実世界で蔑ろにされがちな私たちの生活を持ち上げてくれるものです。しかしこの映画では一人の天才による不条理物語のため私たちの胸をすくような体験をさせることが一切ない。前半の学園生活の描写はそれこそ『桐島、部活辞めるってよ』での繊細さに通ずるものがあり、中高生時代がいかにも壊れやすい薄氷の上に成り立っているというエッセンスを感じさせるものです。そしてその後慎重に構築した世界を後半一気に壊しにかかるあたり三池監督らしいなーとも思うのですが、その殺されっぷりに監督の容赦がない。いくら絶叫しようとも、銃を手にしたサイコパスには声は届かず、知性でも体力でも圧倒されるともう勝ち目がない。生徒の内面があまり描かれないのはむしろその無力さを際立たせているためプラスであると感じました。

この映画の主人公の存在が示すもの、それは他者を支配したがる傾向にある人間の性質ではないでしょうか。共感能力が低い、とはサイコパスの特徴の一つですが、人が権力者・支配層となった時、一人ひとりの心情を慮ってはいられないということがあります。極端な例では戦争での徴兵なんかもそうですが、もっと身近で言えば身内をリストラするとか。それまで組織に尽くしてきた人間を簡単に捻り潰しその後の人生を顧みないということが割と日常的に行われているあたり、私達の生活の不安定さを感じさせます。しかしそんな仕打ちを受ける可能性があろうとも組織に属さざるを得ない一般人。いかに大部分の人生を力のある者の手のひらで転がされているか痛感せざるをえません。

この映画で右往左往する生徒たちはまさしく人生の大部分を他人に預けている私達のような存在です。そのことを考えると、浮世離れしたこの物語も不思議なリアリティを持って観客に迫ってきます。いかに私たちの生が力を持った他者に握られているか。支配者はシステムを制定し・活用し・そして時には捻じ曲げ、裏切ってまで人々の生を管理しようとする。主人公の悪意は戯画的ではありますが、しかし多かれ少なかれ組織では似たようなことは行われていると言っていいでしょう。そしてその営みが少なくない犠牲者を生むことはこの社会で当然の結果としてあります。圧倒的な力を持った存在から何とか生き延びようと右往左往する生徒達の姿に社会での私達の姿に相似するものを見出した時、この作品の真の恐ろしさが伝わってくるのではないでしょうか。


あと最後に。二階堂ふみマジ天使!

ブラッドハーレーの馬車 (Fx COMICS)

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この映画のコメントを一番聞いてみたい人と言われて思いついたのが沙村広明。彼が屋上手前での絶叫シーンを観たらなんと言うか。でも正直言ってこの漫画は二度と読みたくありませんがね…