ベン・アフレック監督『アルゴ』

・嘘を付け。もっともっと嘘を付け。世界を救うために。

ベン・アフレック主演・監督作品『アルゴ』観てまいりました。

アルゴブルーレイ&DVD (2枚組)(初回限定版) [Blu-ray]

アルゴブルーレイ&DVD (2枚組)(初回限定版) [Blu-ray]

1979年11月4日、イランの首都テヘランアメリカの傀儡政権となっていた政府に対する暴動が起こり、アメリカ大使館の職員50人が人質として拉致された。しかし大使館が占拠される前に6名が脱出しカナダ大使の公邸に逃げ込んだ。アメリカ当局が7彼らの帰還について手をこまねいている中、CIAの人質の国外脱出作戦のプロであるジョン・メンデス(ベン・アフレック)が、現地の6名を「映画撮影のスタッフ」として連れ出し、イラン警察の目を盗んで空港まで送り届けてアメリカへと逃がす作戦を提案、自ら現地へ単身で乗り込み作戦を実行する。というお話。

この映画では全編を通じて古いフィルムが使用され、また1979年当時のアメリカやイランの世界情勢を色濃く反映しているため、作品全体に1979年当時のリアリティを持たせることに成功しています。古いパソコンやニュース映像を流すテレビ、果てはレンズの大きいメガネをかけるなどの大使館職員の服装やあたり構わず煙草をふかす人物の姿など、細かい所で昔のアメリカっぽさを出しているため、映画の背景がしっかり一貫していて観ている側に安心感を与えてくれます。ツェッペリンストーンズやヴァンヘイレンなど骨太なロックを挟んで時代の空気感を出しているのも好感の持てるところ。

この映画では冒頭で”based on true story.”と流れるように、イランでの事件に対して実際に行われた作戦を基に描かれています。事実、キャラクター達は作戦立案に協力する映画人たちを始めほぼ実在の人物ですし、最後に流れてくる本物の写真は見るからにこの映画のキャラクターにそっくりで驚くほどです。

しかしこの映画についてちょっと調べてみますと、歴史上の事実との相違、というより物語の都合上脚色した部分がかなりあるようです。本国アメリカでも評判・興行収入ともに上々のようで、この映画についても意見が活発にやり取りされているようであるため、ちょっと英語版のwikipediaを覗いただけでも、事実に反する項目がかなりの量指摘されています。以下気になったものを羅列。

  • 革命のきっかけとなったシャラビの経歴について、圧力により選挙で当選したとのナレーションがあるが、実際には他の国同様のやり方の選挙で当選した。
  • カナダの功績が縮小されている。カナダ大使の妻は3人分のチケットを購入するなどしていたし、大使は実際には6名に(なるべく早期に)出て行くよう伝えたことはない。
  • イギリスとニュージーランドの役割が縮小されている。作品中では6名の人質を両国は「追い払った」としているが、実際には6名を最初に匿ったのはイギリス(大使?)であったし、6名以外のアメリカ人にも手助けをしていたなど。
  • 作戦に用いる脚本について、映画では多くの脚本の中から『アルゴ』と名付けられた脚本を見つけ採用するが、実際には『Lord of light(光の君主?)』という小説を基にし後にこの名前に直した。
  • 映画では脱出した大使館員6名全員がカナダ大使の公邸にゲストとして匿われていたが、実際に公邸にいたのは2名であり、残り4名は別の外交員宅に滞在していた。
  • 劇中当時を象徴するものとして登場する崩れかかった"HOLLYWOOD"の看板は、1978年には既に修復されている。

当時の世界情勢について無知な私が観ても、空港内で座席のチェックで引っかかり立ち往生していた主人公達に対して大統領の判断がギリギリで間に合ってチェックが通ったり、離陸直前の飛行機に向かってパトカーが直進するシーンを見せられ「いやそれはねーだろw」と思ってしまうぐらいでしたのでそのあたりの脚色はあるかな、とは思っていたのですが、それでもこの映画に関しては創作の部分が予想以上に多かったということになります。

この映画を観る前に『リンカーン/秘密の書』なる、リンカーン大統領が実はヴァンパイアハンターだった!という「いやそんな『おじさんは、ドラゴンだったのです!』みたいなノリで言われても困るしそもそもいつまで新発売なんだよ」*1としか言えない作品を鑑賞していたのですが、案の定設定をうまく消化しきれておらず、観客としてどういう態度でみればいいかわからない作品となっておりました。しかし同じように映画上の嘘が多い作品でも本作品には好感を持たずにはいられません。

それはひとえに、ミッションの遂行のためにプレッシャーに耐えつつも任務をこなす寡黙な主人公に代表される緊張感を大事にした誠実な姿勢がこの作品から滲み出ていると感じるからです。記者会見にて行われる偽脚本の読み合わせとイランでの事件の状況がシンクロしていて、何とも言えない顔をしている主人公の心境がセリフを通じて伝わってくるシーン(白眉!)がありますが、それを観て「そんなのあるわけねーだろ」と思うより先に「ああ、切ね―なぁ」、と思ってしまいます。そしてそれは最初の方の、大使館に押しかけ暴力的に振る舞う群衆やクレーンで吊るされた白人のシーンから来る緊張感が生きていてから、こういうこともあるかもな、と思わされるのだと思います。地道な表現の積み重ねが生きに生きて最後の脱出まで雪崩れこむまで目が離せない作品となったのでしょう。国際政治のようになかなかうまく行かない現実から目をそらさずに苦悩している主人公の姿は、そのまま私達観客を何とかして楽しませようとする制作陣の姿と重なるものです。そしていくら事実を基に制作しているといえども映画である以上創作であることに変わりはなく、要するに映画の製作自体が規模のでかい嘘なわけです。時に真実でないことを私達は求める、そしてそれには文法(やり方)があるのだ、ということを再確認させられた作品でした。

「それが事実がどうかはどうでもいい。大事なのは、人は嘘をつくとき真剣な顔をするということだ。」誰の言葉かは忘れましたが、昔聞いたそんな言葉を思い出させてくれる映画でした。上映劇場数は少ないようですが、最近にしては珍しくアメリカの公開時期と同期している作品ですので、世界の流れを同時体験する機会を増やすためにもなるべく多くの方に観て欲しいですね。

*1:リンクしようと思ったけど動画が見つからない