エミール・クストリッツァ監督『アンダーグラウンド』

久しぶりのエントリになります。感想書きたい作品には多々出会っていたのですが生憎仕事が一番忙しい時期になってしまいまして…*1

さて、『アンダーグラウンド』観てまいりました。*2

アンダーグラウンド [DVD]

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エミール・クストリッツァ監督のカンヌ映画祭パルムドール受賞作品です(フィルムの最初に受賞作品とのロゴが出てきてました)。前に『黒猫・白猫』を観ておりますが、ギャング・詐欺師的なキャラクタ―の多用やわりかしご都合主義なストーリー展開についていけずその後この監督をちょっと敬遠していました。しかしながらこの映画では、監督独特のエネルギーに気分を添わせることができました。恐らく今回は予告編を観るなどしており心の準備が出来ていたからでしょう。

ナチスドイツが侵攻してきたユーゴスラビアで、大規模な爆撃を受けたことをきっかけとし地下世界に潜って生活するようになった人々。マルコとクロの二人はその中心人物ではあるが、マルコは第二次世界大戦後の地上世界で政界で出世し、クロはマルコにより地下世界のボスとしてその後二十年近く人々と共に生きることになるが…というお話。

けたたましいブラスバンドサウンド、平気で人を騙す中心人物たち、やり過ぎとも取られかねないユーモア等とても監督の作風の強さを感じる作品です。代表作だから当たり前ですが。しかし登場人物それぞれが戦争によって悲劇へと駆り立てられていくさまは、実際のニュース映像の挿入も相まってとてもリアリティがあるものとなっており、物語の必然性が出ています。

気になったのはナターシャのキャラクターとしての振る舞いです。彼女は、当初は女優としてナチス将校のフランツに求愛されていながら、その後に地下世界の権力者となっているクロ、さらにそのクロを裏切り地上世界でも重要人物となったマルコと結婚するなど、まるでクレオパトラのような人生を辿る。そして酔い潰れて地下世界を崩壊させるきっかけをつくるなどヒロインというにはあまりに浅はかに描かれています。観ていて、ああなんつーかこういう権力主義の女の人って実際の世界にも結構いて周りにあんまいい顔されないし、少なくともスクリーン上では高い確率でいい死に方しないよねーと思いました*3。でも普通の人はあんな風に空気に流され生きてしまうのだろうけど。自分で選ぼう自分の人生!*4

ラスト、天国の如く浮かぶ島の上で今までの登場人物が総ざらいで大パーティーを行っている中、それまで吃音持ちとしてうまいこと言葉を喋ることが出来なかったイヴァンが、「苦痛と悲しみと喜びなしでは、子供たちにこう伝えられない。『むかし、あるところに国があった』」と流暢にいいます。それまでうまく物事を伝えられず、また地下世界の崩壊によって一番の悲劇を被ったイヴァンがここで強調するこの言葉は、歴史の上での限りない紛争により、祖国というものを悉く破壊されてきた旧ユーゴスラビアの歴史を背景にしたものであることは明白です。その上で、それでは果たして自分がこれほどを台詞を言うほどの人間になれるだろうかということを考えざるを得ませんでした。戦争を繰り返し人間や民族の嫌な部分に直面し続けてきたユーゴだからこそ、人間の生と死を力強く笑っていこうという思想が発達してきた。その一方で、共同体性の力強さに疲弊しながらも結局は国が滅びるなんていうことはないため、その共同体性に生かされているという感覚が強く存在している日本では、まずこのような作品は作られないでしょう。映画の途中でとても傲慢でわがままな監督が出てきますが、恐らくこれは自身を皮肉っているものだと思われます。つまり映画の制作途中で他人に無理をさせていることを自覚していると(笑)しかしそれでも何ものかを完成させてやろうというエネルギーを感じさせる作品には適わない所がありますね。

ユーゴスラヴィア現代史 (岩波新書)

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このような意識の人々からなる複合的な国家は、当然ながら極めてもろい面をもっており、きっかけさえあれば崩壊に突き進んでしまう可能性さえあった。しかしもう一面で、その複合社会は多様な民族、言語、宗教の共存のための「実験場」でもあったということができるだろう。多様な文化が併存する独自の表現は、容易に国を越える広がりを持っていた。(中略)彼らに、コスモポリタン的な面を見出すことはできないだろうか。

「この物語に終わりはない」という言葉はユーゴのみならずどこにでも通用する文言なのかもしれませんね。

*1:映画観る時間はあったんだね、とか言わんといて

*2:これ見逃したらもう観られないっていうから観たけど、正月にまたアンコールやるんかい http://www.eiganokuni.com/ug/

*3:美人に生まれてしまった故の苦労、という話はこのエントリーがとても分かりやすい。俺非モテだからあんまり共感できないけど。  →http://anond.hatelabo.jp/20111027120538

*4:でも『善き人のためのソナタ』みたいな、どうしても時代の流れに逆らえない人々の話もあるか。