ベネット・ミラー監督『マネーボール』

マネーボール』観てまいりました。

物語としては,アメリメジャーリーグの弱小球団であるアスレチックスのGM(ゼネラルマネージャー)が、野球の分析に長けたマネージャーを腹心にして弱小球団を再興させようと奮闘する話。

この映画を観て一番に感じたのが、「野球とベースボールはやっぱ違う」ということでした。この映画で描かれているのは、スポーツを通じて醸成される共同体になんか目もくれない個としてのベースボールです。とにかくブラピ演じるGMは、チームがスタジアムで熱狂を生み出す様とは対照的に、ロッカールームで一人でいるという孤独な役割を一身に担っています。このことは、監督だろうがオーナーだろうがとにかく皆が一体となってチーム優勝を目指す、といった古典的野球観に明確にノーを打ち出していることを示しています。

自分の信じる野球を貫き通しGMとして常勝軍団を作るという言ってしまえばアメリカンサクセスストーリーな訳ですが、それに至る道筋はとてもビジネスライクです。古い考え*1をもつ首脳陣に真正面からはむかって行ったり、少し使えないぐらいの選手をすぐクビにしたり*2と、私たちが「野球」ときいた時に抱きがちな情緒的な部分を大部分排した演出となっております。正直言って戸惑う部分があったのは事実。何せ小中通して地元で野球やって、『花男』やらで野球観形成してきた旧式の人間ですから。

花男 (1) (Big spirits comics special)

花男 (1) (Big spirits comics special)

日本が誇る個性的漫画家松本大洋の原点ともされる『花男』は、日本に根付いた野球という神話を通して父と子が成長していく物語です。最初は野球をやってる他の地元の子供たちを小馬鹿にしていた息子も、父の姿を通して野球という物語に回収されていくという…

その「ワンフォーオール、オールフォーワン」の思想は『ルーキーズ』といった最新の物語においても受け入れられているあたり未だに多くの日本人に受け入れられていると考えられます。夏の甲子園でも、観客を含め「皆が一体となった」ということがしばしば求められますから。このスポーツの共同体主義に寄りがちな特性を表していると言えるでしょう。「いつかは皆少年野球を抜け出す時が来る」というフレーズがありましたが、それではいい年こいて草野球に打ち込んでいるオッサンも多いこの国では野球はまるで幼児退行となってしまう(笑)マジ甘えの構造(笑)とも思ってしまいましたね。

ただ、この映画の製作陣が『ソーシャル・ネットワーク』の人達だった。旧来のスポ根的精神性が一番表われているスポーツに対して統計という理系的なツールを持ち込んだ。それはデータ野球であるし、人の感性とは相容れない部分も多い。果たして理系は体育会系を制することができるのか?というテーマをとても人間臭く描いている点で『ソーシャル・ネットワーク』ぽいなぁ、と感じました。

あと、この映画を観に行った動機の半分以上がブラピの腹心を演じるジョナ・ヒルを観るためだったのですが、もう「お前は誰だ!」と言いそうになったぐらいこれまでに無い冷静な役になりきってましたね。『スコット・ピルグリム〜』を観た時に「またマイケル・セラが同じ様な役やってるよ…」と思ったのですが、その一方でジョナ・ヒルは演技の幅を広げているようで。安心してみることができました。

上の世代なんか全否定して俺は新しいことをやってやるぜ!という起業家精神溢れる方はぜひ観るべきでしょう。しかし野球というものに対してまだノスタルジックな甘い夢をみていて、勝利絶対主義の落合監督とは合いそうにないような方々は大きく違和感を感じるはずの作品。日米の文化の違いを体感するのにはうってつけの映画だと思います。


中盤でアメリカ国歌演奏していたのはハイパーギタリスト、ジョー・サトリアーニ。あんたジミヘンか!と軽く引くほどにチョ―キングをかましていましたねぇ。

*1:それでも主人公の突飛な言動からすれば割と常識的ともいえる

*2:後から聞いた話だと、あの選手はあと4日メジャーにいれば年金受給資格を手に入れられたそう。