ダニエル・キース『アルジャーノンに花束を』

すっかり気候が夏らしくなってきた昨今ですが、如何お過ごしでしょうか。私も社会人一年目とですが、睡眠時間を削ってなんとかすがりついていますよ!もう鬼門とされる三カ月を過ぎたので一応は大丈夫かなーなんて思ってたりもします。

さて、そんなしがない新入りがやる事といえば?そう、研修ですね。私も新人として100%の力をもって上の人々がセッティングしてくれた研修に参加してきましたよ!
って言ってしまうと嘘になります、どちらかといえば間違いなくやる気のない方に当たる人間でしたよ。

さて話は変わりますが。

アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)

アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)

未だに自分の人生で一番の書の座に輝いている名著です。大学時代バイトの先輩に勧められて読んだのですが、これが当時哲学科のゼミに馴染めないわサークルではロクな目に遭ってないわバイトではいいように使われるわモテないわで散々な状態だった私には、同じ様に不条理にぶち当たるチャーリィ・ゴードンがほぼ自分であるかのように感じられました。一日中引きこもって読んでたりしたなぁ…*1

何故この本を出したかというと、上記の研修の中でこの本に示されているような問題にリアルに対面し、懐かしくなってこの本を再読したからです。

アルジャーノンでは幼少期主人公は知的障害者でした。そしてその後一度は天才並の知能を得るものの…という話となっています。

そしてその研修とはまさに、障害者の方々との応対を学ぶことでした。私の母親は障害者学級の教師だったりするのですが、実際に自分がコミュニケーションをとるというの初めてでした。

どーにかなるかな、と思っていたもののやはり当日になって不安。さらに、事前の講義で「彼らの親のなかには障害であると認めていない人もいる」という話を聞きさらに不安に。そんな話ってあるのだろうかと。

で、何日か研修して実際に触れ合って感じたのは、意志が通ずる部分はあったのでそれほど不安になる必要はなかったなというのと、それでもやはり通じなくて難しい部分があるということ。

普通の人とコミュニケーションとるのが苦手だったり*2、普段ホウレンソウを強いられている身からすれば気が楽ではありました。会話が出来ない訳ではないし、むしろテレビのこととかに興味ある普通のひとたちばかりでしたので。

しかし戸惑った所もあります。取るに足らないことを何遍も聞きにきたり、「約束ね」といったことを五秒後には平気で破っていたり、それなりに会話が盛り上がっていたはずなのに急に黙ったり…自分が悪いところをみればきりがないのもありますが、それでも、これは何なんだろう?と不安にならざるをえませんでした。

で、そこで読み返してみたのが『アルジャーノンに花束を』という訳です。知的障害をもつ彼にも家族はいました。しかし、彼らは幼少期の主人公に対してヒステリックな態度をとっています。

彼は母さんの剣幕にびっくりして立ちすくむ。母さんがどうするつもりなのか分からなくて、おじけづく。体が震え始める。二人は言い争う、投げ合うことばが、彼の腹をかたくしめあげ、恐怖を駆り立てる。
「チャーリィ、お手洗いに行きなさい。パンツに漏らしちゃだめ」
母さんの言う通りにしたい、でも足が萎えてしまって動かない。腕が無意識にあがって、母さんの打擲の手を防ごうとする。

「学校だってきらい!あんなものきらいだ!勉強なんかしてやらない、あのひとみたいなバカになってやる。勉強したことはみんな忘れてやる、そいであの人みたいになるんだ」


ちょっと見ればひどいんじゃないの、とも言える言動ですが、しかし悪意そのものかと言われると違うと断言できます。

「この子は正常よ!正常です!他の子供たちの様に成長するはずです!他の子たちより立派に」母さんは先生をひっかこうとするが父さんが引きとめる。

つまり、母親は障害をもつ息子をあくまで普通の人間として扱おうとしたわけです。また、妹の発言も何故障害をもつ兄だけが丁重に扱われて自分は恵まれないのか、ということへの幼いなりの必死の抗議となっています。つまり母親と妹はあくまで普通に振る舞おうとして躓いていて、とくに母親の場合はむしろその教育熱心さが苦悩の原因となっている訳です。この二人が後に成長したチャーリィと再会するシーンは色んな意味で象徴的ではあるのですが、一つ言うとするならば、妹の独白からは「誰も悪い人はいなかったのだ」ということがわかる。そしてわかるからこそこの物語全体の悲劇性が加速していくということです。そしてこれは私たちが生きる社会にそのまま通底しています。皆が善かれと思って行動しているからこそ、結果が出ないことにより当事者たちが追いつめられていく。

息子を守ろうとするあまり過激な行動に走る母親というモチーフは、『母なる証明』という色んな意味でとんでもない映画にも出てきます。

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知的な部分に遅れが見られる息子を守るために奮闘する母親が辿りつく結末は、あまりにも悲劇的です。しかし、血縁関係の強いあちら側ならでは要素もありますが、この「家族」の呪縛の感覚は大体の人間なら何となく思い当たるものではないでしょうか。

結局は、人間の言語行為によるコミュニケーションがどれだけ文化が培ってきた基礎部分、要するに常識みたいなものに依存しているかを思い知らされたということです。人と会話をする際に我々がどれほど、その人と無意識に成り立っている約束を信頼しているか。そしてそれが成り立たない時のストレスはいかほどか。それが常時となっている人の負担は???考えても答えがでる問題ではないかもしれません。しかし、意外と近くに潜んでいる問題であり、思考停止したツケが早く回ってきそうなものでもあります。

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関連があるかどうかは分からないけれど、ちょっと気になっている映画がこれ。『アンチクライスト』で息を吹き返した(らしい)デンマークの鬼ことラース・フォン・トリアー監督作品。誰の心にも「白痴」は潜んでいる…らしい。

*1:その後大学で友人がこの文体を真似してバカにしたので腹が立ったな。まぁもうやつとは会うことはないのでいいや

*2:こないだの飲み会では、実際に喋った回数よりもツイッターで喋った数のが多かったぜ!