本広克行監督『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』

・「すみれさんに婿養子に入るから『青島刑事,最後の事件』なんだよ!」とドヤ顔で言ってましたが外れました。

踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』観てまいりました。

お台場で開催されている環境エネルギーサミットにて誘拐事件が発生,のちに誘拐されたと思われた人物が死体で発見される。捜査本部が湾岸署に設置されるが,現場の刑事には一切上から情報を遮断されることになり,青島(織田裕二)ら捜査員と鳥飼(小栗旬)キャリア組との間に緊張関係が生まれる。第2・3の殺人事件が立て続けに発生する中,事件に用いられた拳銃が警察内部のものであることが判明。鳥飼はその責任を青島と室井(柳葉敏郎)に負わせようと冤罪を工作する。そして真下(ユースケ・サンタマリア)の息子が誘拐され…というお話。

この『踊る』シリーズに対して私は,小学生の頃にテレビシリーズを毎週観る位には好きで,その後たまにやっていた再放送をたまに観ていたものの,映画シリーズとなるとテレビでやっていた1・2を作業をしながら観ていた程度で3ともなるともう観ていすらいない,と言う程度の立場です。

最初に結論から言うと,そこまで悪くない作品かなと思いました。『3』の悪評はかねがね聞いていたため,あまり期待はせずに観に行ったのですが,これが思いのほか楽しめた。テレビドラマ期の映像をフラッシュバックさせつつ登場人物を紹介するオープニングはこれまでのシリーズの歴史の重みを感じさせるもので,これが流れてきたのを観た瞬間かなり心を持ってかれました。

以下,良かった点と悪かった点を箇条書きにて。

・良かった点
 -青島,室井,すみれといった往年のキャストの演技は安定しており,安心してみることができる。というか全員老けなさすぎだろう。
 -鳥飼,小池のキャリア組も健闘。特に鳥飼演じる小栗旬は一人で組織の硬直性を体現する役をこなしていて画をかなり持っていった印象あり。『キツツキと雨』といい『宇宙兄弟』といい今年は小栗旬の年になってしまいそう。逆に所轄内の伊藤,内田,甲本あたりは存在感を出せなかった感じが強い。
 -意外と事件の成り行きに関しては無駄が少ない。警察組織のいやらしさを保ったまま次々と事件が起こるため緊張感を持ったまま観ることができる。
 -「ビール」等コメディ要素の取り入れ方がそこまで悪くはない。ただ,室井の「捜査員各位に告ぐ。バナナだ。」まで許せるかは微妙。

・悪かった点
 -脚本のまずさで言えば,致命的だったのが事件解決後の真下。元はといえば彼の過去の行動が今回の事件を引き起こすきっかけとなったので,「すまなかった」「あの事件を忘れたことはない」等犯人に対して自らの言葉で話さねばならなかったはず。逆に自分だけハッピーエンドで終わってしまう印象を与えるため観客に一抹の不満を抱かせる描写となってしまっている。
 -香取慎吾。幹部から監視されていたあの役は実はこの事件とは全く関係ないマグガフィンだった,と最後まで信じていたんですがそれは違い,名前は大物のため映像上は伏せておいて最後であれ香取慎吾だったのかよ!と思わせる演出だったのですね。でもあの演技は正直ない。今回彼が出たことで幸せになった人一人もいないんじゃないのだろうか。
 -ラストのバス。特に詳しくは書きませんが,アレにオッケー出した制作委員会の意思決定機構はどうなってんだよ!とメタ的ツッコミをせざるを得ませんでした。

あと,テレビドラマの演出なのかそれとも監督特有の味なのか,エキストラがごちゃごちゃしていて本筋の人物たちが演じている後ろでも目につく動きをしていたのが気になりました。そこまで不快ではありませんでしたが,不必要ではあると思うし嫌がる人もいるだろうと思います。


15年前から繰り返し扱ってきたテーマであることもあってか,うまく動かない組織の描き方の上手さが今回も健在なのが最大の見所でしょう。何の情報も与えることなしに捜査員に現場で働くよう指示する上層部。決定権を持つ人間が自らの保身ばかりを考える。そんな状況に対する青島,室井,鳥飼のそれぞれの行動の違いがドラマを生んでいます。特に,「捜査員は自分の命令に従っていればいい」とする鳥飼と「好きにしろ。私が責任をとる。」という室井の立場の違いが、新旧のリーダースタイルの違いそのままであるように感じられて興味深かったです。

それだけに,最後の記者会見での青島の言葉は脚本の時点でもうちょっと考えても良かった。鳥飼の,「この国は組織が機能不全をを起こしている」と言うセリフはまさしく今の日本の状況そのものですし,鳥飼が起こした行動も極端ながらもその感情自体は理解できるものです。記者会見のシーンは,自らの意志に基づいて犯罪を犯した鳥飼を「正義は心に秘めとく位がちょうどいいんだ」と切り捨てた後に来るシーンなわけですが,しかし捜査の情報公開に関しては答えられないこともあるという警察側の回答について「結局警察は何も変わっていないじゃないか」と記者から批判を受ける。そして室井から「青島,お前はどう思う」と発言を求められたが、そこで「室井さんは昔現場の好きにしろと言ってくれた。あれは嬉しかった。」→「俺たち警察官は市民の生活を守る最後の砦なんだ。」と答えたのはちょっと微妙でした。公の機関はどこまで情報を開示するべきなのか?という問題はオープンガバメントなど喫緊の論点であって,その緊張感がこの作品にもリアリティを与えていたため,できることならその話に正面から応答をしてほしかった。ファイナルの作品なのに主人公たちの信念・正義が明確に示されなかったのが残念です。

それでも,観る方を引き付ける作品ではあります。彼らが自らが属する組織と市民レベルで起こる事件の間で悪戦苦闘しながら答えを探す姿に共感する人は多いはずです。青島や室井が戦ってきたものは一体何だったのか?そして,その戦いの果てに何か得たものはあったのか?…それらの問いに明確な答えが出ることは有りませんが、しかしそれでも彼らの姿があるというだけで観る方にある程度満足感を与えると思います。恐らく,ポジティヴにしろネガティヴにしろ観た後この作品について何かを語りたいという気持ちにはなるなず。テレビシリーズ観てきた身としては,最後のサムバディトゥナイトはジンと来るものがありましたぜ!