オリヴィエ・ナカシュ監督『最強のふたり』

・コミュニケーションなんてはなからうまくいきやしない。だから,アース,ウインド&ファイアを聴こう。

最強のふたり』観てまいりました。

Intouchables

Intouchables

パラグライダーの事故を受け首から下が不随となってしまった富豪のフィリップ。彼が自らの介護人を選定するための面接に,面接失格の証明をもらえば失業保険がおりるから来たスラム街出身の黒人のドリスが現れる。彼を「私を障害者として見ない」という理由で介護人に決定するフィリップ。富豪の大豪邸での暮らしで破天荒な行いをし周囲を巻き込んでいくドリスだったが,次第にフィリップとの友情を深めていくようになり…というお話。

フランスは格差がひどくて貧困家庭がやばい、人種差別も根深く存在しているという話を何となく聞いたのは,ワールドカップでのジダンの頭突きが問題となったあたりか。クラブ雑誌でもパリが治安が悪く、夜中にうろついてたら車で拉致されそうになった話を読んだこともあり,あんまり魅力的な国ではないなーと当時思ったことを記憶しています。

そしてそんな過酷な背景はこの映画に色濃く反映されており,ドリスの家庭は大家族となっていて母親は毎日の仕事で疲労困憊,彼の主な生活圏は社会に属さない青年たちばかりのスラム街でのものとなっています。そこでの暮らしは上流家庭とは比べものにならないほど粗野で暴力的であり,かつ遠慮のない世界です。そんな彼が富豪のフィリップとうまくやっていけるかどうか?ストーリー序盤では彼のその遠慮のなさが存分に発揮され,フィリップの周りにいい迷惑をかけています。

高校・大学を洋楽オタクとして過ごした私も晴れて地方で社会人をする身にならせていただいているわけですが,まぁ当然ながら洋楽の話なんぞしようがございません。だってオアシスすら知らないのがデフォなんだもの。そんなんで普段はマニアックな知識を持て余したまま過ごしているのですが,しかし今は「何か不必要にとんがろうとして来てしまったのかなー」という思いの方が強いです。ある種他人と違う部分を通じてコミュニケーションしようとしてきたこれまでから見て,これからは自分の手札を失いつつの人との関わり合いになっていくのではないかと。それは,ひとえに無条件に自分を認めてくれる相手の切望でなく,ある程度自分を切り売りしつつ外部の欲しいものを得ていくこと。何もかも与えてくれる存在なんて非現実の中にしかいねーよというシビアな認識に立った今,自分が相手に対して何ができるのか,という形でしか他人と交流していけないと今では思っております*1

この映画で誰もが最高だと思うのが,冒頭の"September"でしょう。シーンの中で決してクールな音楽として受容されているとは言い難いアース,ウィンド&ファイアですが,ここでは音楽はクラシックしか聴かないフィリップとクラシックにはハナから興味ないドリス,そして観客である我々をつなぐ曲として死ぬほど魅力的に聞こえてきます。また,フィリップ家でのパーティでかかる"Boogie Wonderland"もこれまた最高。クラシックが未だに理解できない身としては心の中で同じように踊っていましたね。

この映画を貫いている表現は,「これまでの自分の否定あるいは何かを失っていく」人々の姿です。格調高い手紙でのやり取りを無理やり電話させられることで自らのポリシーをドリスに崩され,オペラやクラシック等自らの趣向もことごとく否定されるフィリップ。逆に,フィリップとの交流を通じて絶対に嫌なパラグライダーをやらされて結果的に自由を感じるドリス。フィリップの使用人もドリスに対して「なんだアレ」と思っていたはずがそのドリスと信頼関係を結んでいく,というなし崩し的な関わりがこの映画のテーマと言えるでしょう。映画の中で2回かかるアース,ウィンド&ファイアの曲は,人々の関係がブレイクスルーした瞬間を祝福するかのように鳴り響きます。*2

その後の髭剃りでキャッキャ遊ぶふたりのシーンは,中盤離れ離れになっていたふたりの絆の再生を表していましたし,フィリップがドリスの後の介護士と合わなかったため手入れさせることがなかった顎鬚を剃ることでまた新しく生まれ変わったフィリップの姿を象徴しているように感じました。ドリスも最後は味な役回りを演じることでそれまでのいきがった自分を否定し,新たな自分を手に入れる。それは一面的に見ればそれぞれの人物が何かを失ったとも言えますが,代わりに得たものは恐らくかけがえの無いものだと誰もが思うはずです。

蛇足かもしれませんが、原題の”Intouchables”は英語で言う”Untouchables”であり、体が不自由なため人と直接触れ合う感覚を持つことができない,転じてコミュニケーションがとれないフィリップの状態そのものと,「もう誰も手出しできない」フィリップとドリスのコンビ感をうまく言い表している優れた表現だと思いました。

*1:まぁ,何にもないので引き続きコミュ障を継続している身ではありますが

*2:関係ないけど,ドリスのあの歳でE,W&Fとかクール&ザ・ギャング好きとかフランスでは普通なんだろうか?こっち側からするとどうしても80年代引きずってるオッサンとしか感じられないのですが…