細田守監督『おおかみこどもの雨と雪』
・母となるには,過酷な試練を越えねばならぬ…のか?
『おおかみこどもの雨と雪』観てまいりました。
- 作者: 「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/07/23
- メディア: 単行本
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細田監督の前作『サマーウォーズ』は最初観たときは「こんな都合いいコミュニティがあるわけねーだろ」と微妙な感想しかもてませんでしたが,この間観たときは割と楽しく見ることができました。この作品でコミュニティの裏の部分を無視しているのは,おそらく既にそれを前提しているのかなと。コミュニティを支えるのには多くの人の多大な労力がかかる。しかしそれでも人を支えるのは人々のつながりなのだ、という思想を割と納得して観ることができたものです。
そして本作,「ふーむなるほどこのおおかみこどもというのは母親にとって半分は自分で半分は自分のものではない存在としての子どもという概念を比喩的に表したものなのだね。」とか無駄に勘ぐっていたわけですが,蓋を開けてみればそんなこともなく割と素朴な子育てドラマだった…
個人的な事項で恐縮ですが,今の仕事の関係上,家庭で問題を抱えた女性を数多く見る機会が多いのです。そして偶然ながらこの日もかなりヘビーなケースを目撃してからこの映画を観ることになりました。そのせいもあって,現実の子育ての辛さをストレートに描いたシーン,例えばおおかみこどもであることをバラせないために定期健診を受けさせられず,児童相談所に児童虐待を疑われたりだとか,夜子どもが無駄吠えをするせいで大家にペットは禁止だと怒られたりだとか,夜泣きをする子どもを近所に気を遣って夜の神社であやしたりだとかの子育ての過酷な部分を見せられた時は,思わず感涙してしまいました。
しかしながらこの映画を手放しで褒められるかというと,難しいかな…というのが私の正直な感想。結論から言ってしまうと,物語が複雑化しすぎているうえに,共感が難しいキャラクター描写のせいで,「家族」という普遍的なテーマに対するこの映画のメッセージの説得力を感じることができませんでした。
この映画には簡単に分析できるだけでも以下の要素を含んでいることが分かります。
- 子育てを通じた母としての女性の成長物語(主に花)
- 子どもの親からの自立の物語(花と雨)
- マイノリティの宿命を背負った女の子のラブストーリー(雪と草平)
- コミュニティとしての田舎の物語
以上4つの観点に関して,それぞれが有機的に一つの物語として働くようにまとまっていたかというと,すんごく微妙です。どちらかというと,焦点の定まりきっていないとっ散らかった印象を受けました。
その大きな弊害の大きな原因として考えられるのが,キャラクター描写がいたく不可解,ということです。おおかみおとこである夫はそれまで世を忍ぶように生きてきた存在であり,前半で物語から離脱してしまうこともあってなかなかキャラを掴むのが難しい。そしてそのおおかみおとこの遺伝子を色濃く受け継いだ息子の雨も思弁的なキャラのため同様。雪は草平との話もあってキャラに入り込みやすかったです。町山智浩氏は『サマーウォーズ』のナツキ先輩をして「だってファンいないじゃないですか」と評しましたが,人間的な魅力を感じさせる雪にはちゃんとファンがつきそうな気がするなー。
一番違和感を感じたのが母親の花の設定でした。彼女にはシングルマザーというだけでなく,外部からやってきたよそ者,慣れない農作業と家のリフォーム,そして子どもたちの正体の隠蔽という想像するだに過酷としか言いようのない試練が待ち受けているわけですが,「辛い時でも笑顔でいれば何とかなる」という信条を持つ彼女は、本作でまさしく「母性」を象徴する存在としてあります。しかし過酷な子育てに弱音を吐くこともなく,子どもが悪さをしても声を荒げるでもなく笑顔。ちょっと普通でないなぁと。半分自分でいながら思い通りにならない子どもと向き合うという限界状況に対して,一貫性をもったまま行動できる人なんて綺麗事だと思ってしまう私には,花は聖女を通り越して狂気すら感じるキャラにしか見えませんでした。
大雨の中,山奥に失踪した雨を追って山に入っていく花。そこで花は文字通りボロボロになってまで雨を追いますが,そこまでキャラを追い詰める必要ないんじゃ…監督がここまで母親に試練を課してまで表現したかったものは何か?といわれると「何だろう…」と思ってしまいます。もちろん母親はある程度自己犠牲的な役割を担わなければならないのかもしれない,とは思いますがしかしそれであのラストだとすると,母親って報われない職業だなーとしか感じられないです。
そんで最後の夢で夫に会うシーンも,うーんという感じ。「こうあるべき論」としては正しいんだろうけど,そんな都合のいい人間なんていねーよ…と不可解な思いを抱いて映画館を後にしてしまいました。
アニメなんて肩肘張って観るものでもないし,もはや家庭なんて持ちようのない童貞マインドの抜けない非モテ男の戯言としてとっていただければ。田舎に行くまでの前半の展開には綻びは感じないし*1,雪原でのシーンは人間力に溢れていて素敵でしたよ。
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*1:あの父親の処分に際する花の行動はおかしいとのコピペが出回っていますが,私は大して不自然さを感じませんでした。いきなり予想だにしない状況に見舞われた人間なんて思った以上にうまく行動できないもんですよ。