園子温監督『ヒミズ』

・「終わりなき日常」の本当の到来
園子温監督『ヒミズ』DVDにて鑑賞しました。

ヒミズ コレクターズ・エディション [DVD]

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中学生の住田は、貸ボートを経営している母親と二人暮らしで、常に何事にも醒めていて熱血系の教師に夢の重要さを語られても「普通最高!」とかいって突っ返してしまう人間。そんな彼につきまとい「住田語録」すら作ってしまうほど熱をあげる同級生の茶沢。彼らは住田の貸ボート屋周辺に住むホームレス達と日常を過ごしていたが、住田が父親の暴力に耐えかねて父親を殺してしまう。果たして彼らの辿る運命は…?というのがあらすじ。

この映画を観る前に、園監督が、撮影中に起こった東日本大震災に影響を受け脚本を書き直して再度撮影に臨んだ旨を知っていたため、何となく「途中で震災描写があって巻き込まれた人物たちの話が展開するのかなー」と想像していたのですが、それは間違いで最初から震災後の話であるという前提のもと進行する物語でした。

恐らく今回この映画で一番問題になったが、古谷実原作からのキャラの改変でしょう。漫画では人生に対して全くの無気力を貫いており、父親を殺した後は静かに、しかし確実に闇にひたひたとさらされていた住田は、「キレる若者」と揶揄されてきた90年代を通り越して尾崎豊ブルーハーツの世代が似合うような粗暴なキャラに。そして茶沢さんはそんな彼に好意を抱いていながらもあくまで冷静に、時に突き放したように彼と関わっている人物でしたが、映画では元気活発でしかもおよそ非現実の中でしか存在しえないような奇行が目立つ不思議系の天使に…。その他夜野さんがホームレスに、不良のテル彦がもうおまえこれ窪塚洋介に合わせて役柄代えたろとしか言いようのないキャラになったりと、すでに原作に触れている人からすればかなり大胆な改変がこの映画では行われています。

さて、それについて私は、半分は間違いなく成功しており、半分は微妙と言わざるを得ないという感想を持ちました。キャラ改変は映画全体の完成度についても密接に関係しており、物語が東日本大震災という要素を絡めたという事実を含めて、人々のこの映画に対する評価を変えてくると思います。

最初の教室でのシーンにも象徴的な通り、主人公の住田は夢などを持たない死んだ目をした中学生であり、また茶沢さんは完全に不思議キャラ。「住田君の石、三つ目だからねっ!」とか屈託なく言っちゃうところもありなかなか戸惑わせるものですが、住田のあの死んだ目をした無気力ぶりはスクリーンを通じて観ているこちらにも空気感が伝わってくるものであり、なにより染谷・二階堂ふたりの熱演もあってとても魅力的でした。また、主人公を始めとして登場人物たちはとても暴力的になっており、誰かしら誰かに暴力を受ける/与えている側に与しているようになっています。その暴力に満ち溢れた世界の緊迫感・焦燥感は胸に迫ってきました。

しかし、父親を殺害した後の住田の様子で一気にこちらの熱が醒めてしまったのが正直なところ。あんな風にわかりやすく煩悶するってぶっちゃけ作り物すぎねぇ?というかせっかく父親の殺害を遠くから撮るとか工夫もみられるのにそこを安っぽい感情表現でやってどうするよ。このシーン以後人物の感情についていけなくなってしまったし、逆に原作の演出って一級品だったんだなーと痛感してしまいました。*1クズを殺しても罪は罪、というのはドストエフスキー罪と罰』ですし、そこから帰結されるやっぱ人間って大事よね、という結論は園監督が『愛のむきだし』が既に踏襲したものです。ドストエフスキー的な人間中心主義はハリウッド映画やその他創作物一般に既に浸透しきっていているものですし、自身が既に主張したものを再度説得力のある形で再提出をするのは難しい。


愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』『恋の罪』と園子温作品をこれまで観てきて心の内に感じてきていることなのですが、そろそろこの園子温監督独自の、作品全体に漂うフレーム感にもヘタリを感じているのが正直なところです。特に震災対応という点で最後のシ−ンはとても印象的ですが、しかしながらそのメッセージに説得力があるかというと自分は微妙でした。無論震災当時被災地域に住んでいたとはいえ、自分や家族は無傷で実家の瓦が落ちたという被害すらなかったという自分は、震災で全てを失った人が描かれているこの映画の正式なメッセージの受取人ではないのかもしれません。しかし茶沢さんの「住田頑張れー!」というセリフは、その後繰り返し言いたくなるような面白さはあるものの、心に希望の灯を灯すというほどのものでもありませんでした。

とにかく頑張ろう、というメッセージ。それは、今までどぎつい描写をふんだんに含んだ作品で世間を挑発してきた園子温監督のものにしては、今の日本であらゆる広告が免罪符の如く繰り返し連呼する「がんばろう日本」と同じ熱量しか感じられないものです。表現のためなら手段を選ばない園監督をもってしても、震災を前にしてはこの地点にしか落ち着くことができなかったのか?夜野が強盗を行うシーンで宮台真司氏の映像が流れますが、震災の対応についてリアルタイムでしくじった氏と、この作品の撮影に際して震災という事項を持て余している園監督の姿を何となく重ねてしまいました。

恐らく、震災を経験して私達はより一致団結するようになった、という言説は捨てなければならないのかもしれません。原発の問題一つとっても国民がまとまりきらずお互いがお互いを非難し合うような、根本的な問題になってしまうと結局100%信頼できる答えが全く出ないという不可能性の時代。根源的な答えがないというまま過ごしていかなければならないというテーゼは、生活の中でそう真理を追究するということをしない私達の身にも重くのしかかっています。しかしそれでも生きていかなければならない。そういった意識が「頑張れ」という言葉に詰め込まれているということを再認識させられました。

批判もある作品ですが、それ以上に勇気づけられたという声も多い本作。もしかしたら、自らの震災被害の具合とこの映画に対する評価でデータをとってみたらとても面白いことになる作品かもしれません。観客を一発で惹きつける画を撮ることには定評のある園監督の作品ですし、観て自らの判断を下すべき映画であるとも思いますので、一度は全ての人が観てみた方がいい作品なのかもしれませんね。


もうどうしようもないと感じた時に何度も自分を救ってくれた曲。「迫りくる闇の中にこそ、探していたものがあるはずだ」というメッセージに何度心を奮い立たされたことか。

*1:茶沢さんが住田に人を殺してないことを確認→ほっとして気が付いたら泣いてるとことか名シーンだよね