ウィル・グラック監督『小悪魔はなぜモテる?!』

・ウェルカム・トゥ・ザ・クルーエル・ワールド

エマ・ストーン主演『小悪魔はなぜモテる?!』観ました。

小悪魔はなぜモテる?! [DVD]

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普段は冴えない女子高校生のオリーヴは、親友との会話の中でつい年上の男性とセックスをしたとウソをついてしまう。ちょっとした見栄から言ってしまったことは瞬く間に学園中に広がり,彼女は晴れて”ビッチ”の称号を得ることになる。その後,ゲイ疑惑をかけられてしまった男子を偽装エッチすることで助けたりすることで、彼女の評判はさらに落ちることになるのだが…というお話。

現在のハリウッドシーンの半ばミューズとなっているエマ・ストーン主演ということで観たんですが,普段強気の役を演じる彼女のキャラをもってしても隠し切れないくらい”学校”という組織の持つ負の側面が出ている,ヘビーな感触を持つ映画でした。事実関係は二の次に「あいつはビッチだ」という噂が速攻で広まってしまい当事者が何も言えなくなってしまうあの独特の雰囲気。あのいわゆる空気読め的な感覚は日本のみならずアメリカでも起こっていて,ティーンエイジャーに閉塞感を与えているんだなー,となんだかやりきれない思いになってしまいました。そんな全くもって笑えない生徒達の悪意と,エマ・ストーン演じるオリーヴの芯の強さがコメディタッチの画の上で拮抗しているのが見どころの,とても素晴らしい映画だと思います。

信頼できるはずだった親友にも噂が広まるにつれ裏切られるシーンや,自分が男子生徒にクラミジアをうつしたと言って不倫バレから助けたはずのカウンセラーの先生に逆に意地汚く追い詰められたりするのは何だか実際にどこかで見たかのようなリアリティがあって心持ち悪い気分にさせられて最高でした。というか学校での先行した噂に対して開き直ってそのキャラを演じようとする女子高生とか,妙に既視感があるぞ!(笑)キリスト教のサークル活動をしている女の子も,「あーこんな感じの委員長系の子って世界共通でいるよねー」と思わせる存在感があってよかったですねぇ。『シークレット・サンシャイン』で息子を失った母親に葬式で「あんた何で泣かないのよ」と筋違いの責め方をする女性を思い出しました。

人々は自分の見たいものしか見ない,というテーゼに対してこの映画は半分はふざけながら,しかしもう半分は真正面に応対しているように思えました。例えばある人に対する一方的な先入観が存在する場合,その人に対して社会の成員が抱く共通概念と,その人自身の自己イメージはどうしてもズレることになります。それはアイドルにとっては大衆の欲望を受け止め自分の存在意義を勝ち取るために,政治家にとっては社会に対する自分の役割を遂行するために引き受けなければならないものとなります。そして,社会側のイメージをぶつけられた時点ですでに当初のイノセントな思いでその役割をこなすことはできず,諦念を抱えながらその責任を負わなければならない,いわば死んだ鳥症候群が発生します。空を悠然と飛ぶ鳥。周りから見れば羨望の対象となるものながら,しかしその鳥は飛びながらにして死んでいるという…大人になるにしたがってある程度は社会的役割を引き受けなければならないのが社会の常ではありますが,もしそれが未成年に引き起こってしまったら?笑いたくても引きつった笑顔しか出ない境地。その地平は学園制度の中で確実に存在しています。世代柄,私の学生時代は携帯電話の普及・成長とともに過ごすものとなりましたが,それはチェーンメールや学校掲示板などドス黒いものとの共存の時期でもありました。SNSが発達した今では未成年を取り巻く状況はよりハーシュなものとなっていることは想像に難くありません。しかしそんな状況でもタフに「皆には関係ない」と宣言すること。それは泣き,笑い,怒り,悲しむといった純粋な感情が行き交う世界にあるものではありません。でもその楽園から追放された人々にとってはこの上なく力強いメッセージです。

遠藤周作や彼の信者である私が自分や社会のどうしようもなさにメソメソ泣いて過去を後悔ばかりしている地点,そのもっと先に彼女はいる。「辛い時はユーモアで乗り切るのよ」というオリーヴの母親のセリフは,それこそツタヤのコメディの棚にあるDVDを漁っては一人で観て部屋でコソコソ笑うとともに,それ以上の何かを求めている自分にとっては最高のセリフでした。