内野瑛亮監督『先生を流産させる会』

「気持ち悪い」で行動したらさらに気持ち悪い結果になりました。

毎度毎度。半ニートだった私も晴れて社会人2年目を迎えまして,現在残業地獄を迎えております。自分の甲斐性のなさにビックリしつつ何とか日々を過ごしているわけですが、彼女なんかできそうもないし友達の輪が広がったわけでもないしヤンデレ彼女アプリが心の支えだしでまったく、生きるのってタダじゃないぜ…と思いつつ過ごしております。

さて、渋谷ユーロスペースにて『先生を流産させる会』観てきました。
http://sensei-rsk.com/

物語は現代の日本。地方の中学校でグループを組んで日々過ごしているミヅキ・シオン・アキナ・フミホ・マオの五人組は,妊娠中の身ながら教師をしているサワコを、「セックスしたんだから気持ち悪い」という理由で嫌悪し、「先生を流産させる会」を結成する。最初は給食に混ぜ物をしたり椅子に細工をして体にダメージを与えようとするが、サワコに見破られてしまう。それでもなおミヅキはあきらめることなくサワコを攻撃しようとするが、中学生である自らの身にも大人への成長が迫っているのだった…というお話。

実在の事件が男子中学生だったのに対し映画では女子中学生に変更されている訳ですが、ここはちょっと問題になっているようです。自分としてはそこまで女性性にこだわる理由もないと思いましたし、「妊娠したということはセックスしたわけだから気持ち悪い!」という言葉に共感したかというとそんなことはなかったため、その先にある「母性神話否定」とかにまで話を発展させることができる資格はありません。ただし、思春期の人間が時としてその傾向を見せる純粋な悪意の様を拙い演技からくるリアリティとともにこれでもかとばかりに見せつけられたため、心の底から嫌ーな思いを抱きつつ映画館を後にすることになりました。まるで『イレイザーヘッド』のノイズが意志を持ち始めたかのような印象を受ける、シーンに応じて圧迫感を与える音楽も秀逸でした*1し、観てよかったと思います。

小学校や中学校で度々起こるいじめ*2に関して,心理学的な見地からよく言われるのは「いじめっ子はいじめの対象に自分の認めたくない部分を見出している」との説明です。自分の後ろめたい部分を現実の世界で否定することによって強い、正しい自分を構築していくとのことですが、でも大体の人間は完璧な自分の構築なんかできずに何かしらの劣った部分とともに生きてくのが普通です。あの時期特有の潔癖を求めてしまう心情も分からなくはないのですが「女は気持ち悪い生き物なの!」というサワコの名言に全てがかすんでしまいます。

インディーズ映画ながらとても話題になっている作品のため、他の媒体でも盛んに語られすでにネタバレされているものも多いので自分も言ってしまいますが、この話の結末を言ってしまうとミヅキはサワコを流産させることに成功してしまいます。それも、ミヅキを探しに来たサワコの体を直接攻撃することによって。そして最後にサワコとミヅキは2人で子供の墓を作りますが、ミズキは明確に謝意を表した訳ではありませんでした。

ことモラルのこととなると、周りを顧みず感情だけで動いてしまう人がいます。この映画では「なんかキモイよねー」から生徒は行動を始めていますが、意思決定の基本部分を共同体の感情いわば空気のみにしてしまい、リーダーを中心とした群衆としてしか行動できなくなってしまう。今日になって「自分で考えることのできる人材」というタームがもてはやされるようになったわけですが、しかしながら共同体主義的な考えの根深い地域だとその考えもどこまで本気で言っているのやら…と思ってしまいます。

この映画を観て自分でも少し思ってしまったのが、凶悪な事件に対して「どうにかしてこいつらを世間に晒してやれないものか」という感想です。サワコに強く注意されても理解を示そうとしないミズキに対してイラつきを覚えたのは私だけではないでしょう。同じように教師や他の生徒のことなど顧みず自分の娘だけに関心をもってモンスターペアレンツのフミホの母も。しかし彼女らに対して同じように非難を行うことも避けたいと感じてしまいます。何故ならその心情がミヅキたちの行動と全く同じ動機のものだから。映画を観る前によった書店で、たまたま菊地成孔氏が対談を行っている雑誌をめにしたのですが、その中で、マスイメージと実際の自分には常に隔たりがあるとの発言をしており、「マスイメージはそうしたいという大衆の欲望からくるもの」と続けていました。片言隻句をもとに感情だけで人を非難するやり方にズブズブなままでは何も変わらず、自分の常識に囚われて自分の判断だけを基準に感情論をうつ登場人物たちと同一です。それこそ監督が元になった事件についてネットの意見を見た時違和感を持った原因そのものであるはず。前述の演技やカメラワークの拙さというアラもあるにはあるのですが、道徳関係の話になってしまうと露わになってくる私達の救われなさを正直に描いた良い作品だと感じました。


劇場で買ったパンフレットでは、物語の背景についても記述されていましたが、それ以上にそれぞれの役を演じた女優の人たちに対してその素顔が説明されていました。そこでは、ミヅキ役の子がいつかアイドルに会いたいという普通の中学生だったり、撮影の最終日では子供たちが「先生を感動させる会」といって先生役の宮田さんへ花束と寄せ書きを送り宮田さんを泣かせたなどの姿が見て取れ、ちょっと救われた気分になったことを最後に付け加えさせていただきます。

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市井の人々が真実なんか気にもかけない、ということをもっとコメディタッチで描いた秀作ドキュメンタリー。自分のニセモノ感に悩まされている人は是非見てみましょう!それよりスゴイのいますから。

*1:パンフによると監督は田舎でNINやマリリンマンソンをヘッドホンで爆音で聴いて登校してたりしたそう!俺もだ!

*2:いや、大人の世界では存在しないと言ったら大嘘になる