スティーブン・ダルドリー監督『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』

・"私の物語は私のもの"?

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』観ました。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い Blu-ray & DVDセット(初回限定生産)

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ポスト9・11の世界を描き高く評価された原作の映画化で、監督は『巡り会う時間たち』(ゴメン観てない)のスティーヴン・ダルドリー(ゴメン知らない)。今年度のアカデミー賞にノミネートされた作品で、注目度もなかなかのものだったかもしれません。しかしながら「何故アカデミー賞にノミネートされたのかわからない」とまでいわれるほどの評価で、賞レースに全く絡まないなどアメリカでの評判は思わしくなかった模様。そして私は事前にその評価を目にしていたので、あまり期待しないで観に行きました。しかし観終わった後そこまでネガティヴな感想は出てこず、むしろわりかしよく出来ていていると思い鑑賞後良い気持ちで映画館を後にしました。

あらすじとしては、父親(トム・ハンクス)とともに宝探しごっこをするのが大好きな少年(トーマス・ホーン)は、9・11テロで父親を失って以来、未だに心の中で父親の影を追い求めていて、母親を含む他の誰にも心を開こうとしなくなってしまう。そんな彼がある日、テロ以降そのままにしておいた父親の部屋のクローゼットの中である鍵を見つける。父親が最期に遺したメッセージとは何だったのかを知るため、少年は9・11後のニューヨークを奔走する―というもの。

この映画で一番特徴的なのが、主人公となるオスカーのキャラクターです。「アスペルガー症候群の可能性があるって医者に言われたんだ」と本人が自覚しているとおり、自分がこれだ!と思ったら周りを気にせず行動してしまい周りに迷惑をかけたり、あなたがこれをしたのは何時何分何秒地球が何回回った日!と言わんばかりに起こったことについて細かい日時を記憶して大人に詰め寄ったりして、かなり面倒くさいガキぶりを発揮していてくれています。恐らくこれが観客の評価を下げる評価の一因となっていると思います。私はそれほど気になりませんでしたがが、オスカーが心を落ち着かせるために持っているというタンバリンの音もともすれば観客にとってノイズととられてもしょうがない。

しかしこの頭でっかちで面倒くさいガキっぽさが、オスカーのキャラクター性と、彼が陥った心境をうまく表していると思いました。信頼していた父親を失ってしまい、その上空っぽの棺で葬式を行う大人たちに反感を持った主人公。そんな少年を周りの大人は深く理解できないため、オスカーはどんどん孤立していく。その表現が丁寧かつ繊細だったので余計にオスカーの苛立ちというものがストレートに伝わってくる。また、父親の最期の電話を自分の心に抱え込むさまも、今考えるとどうでもいいことで思い悩んでいた小学生頃の自分の感覚を彷彿とさせられて感慨深かったです。

喪失感を抱えた魂が再び希望を見出すことができるのか?という問いに、この映画は一つの答えを出すことに成功していると思いました。とてもとても正直に心の底から言うと、人とのつながりというものは死ぬほど面倒くさい。こないだ、現代社会は人とのつながりを制したものが勝つという記事を読んでそのあまりの歯に衣着せなさに爆笑しつつだるーい気持ちになったのですが、この社会は集団のなかでしか生きていけない人間に対してとても多くのものを求め、人を疲労困憊にさせることが多い。そしてこの映画でも同じで、オスカーは手の付けられない面倒くさいガキだし、トム・ハンクスの首をかしげる仕草や間借り人の文字で答える動作、また何人かのブラックさんはしゃらくせえと感じざるをえません。しかし、少年と同じように貿易センタービルのテロで遺族を失った人物、ドイツのドレスデンでの過酷な経験をしたキャラクター、あるいは日々心に空虚なものを感じる人々。それらの人々の物語は、それぞれの胸にしまっておくにはもったいない。少々ばかり生き急いでしまっている少年に対しては、同じような経験を経た大人しか彼を導くことはできないのだな、と映画を観終えて思いました。


そうそう、オスカーと間借り人が赤い壁をバックに語り合うシーンはとても映画的な美しさに溢れていてとても好きでした。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

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アメリカでベストセラーとなった原作は間借り人の過去をもっと掘り下げるなど物語周辺のディテールにこだわっている作品のようです。読まなくては。


NERDというユニット名は、オタクという意味ともに、"NO ONE EVER REALLY DIES"という文章の頭文字というのもあるそうです。くわっこいいー。