ナ・ホンジン監督『哀しき獣』


『哀しき獣』、観てまいりました。

韓国で起こった連続猟奇殺人をモチーフにした衝撃の映画『チェイサー』を観てからというもの、すっかりナ・ホンジン監督の次回作が気になるようになってしまっていて、その次作がつくばでも公開!と知った時は心躍ったものです。しかし、勇んで映画館に足を運んでみると観客は自分以外にカップル一組だけ…うーん、まぁ題材が題材だししょうがない部分もあるけど、流行の韓流ものと勘違いして妙齢の女性ばかりになってしまっているかも…という危惧が全くの無用の産物に。

さて物語は、北朝鮮と中国の間にある延辺自治区と韓国が舞台。妻を韓国に残し延辺にてタクシー運転手を営む男が借金の返済にあえいでいたところ、結構胡散臭い犬商人の男から韓国にいるある男を殺せば大金を渡すと持ちかけられる。迷った末にその話を受け、密輸船で韓国に渡ったのち、殺人を行おうとするとほぼ同時に、対象者は別の暗殺者によって殺されてしまう。警察、犯罪企業及び犬商人一派から追われる身となってしまった男の辿る運命は!?というもの。

韓国映画を観る際には、やはり日本と似ているようで違う独特の異文化性を頭にイメージしてしまうのですが、今作もその印象を裏付けるような映画でした。冒頭の麻雀シーンの噎せ返るような感じや、やたらと暴力的な男性像など、もしかしたら本当にこんな感じなのかも…と異世界でいながら嘘くさくないそれなりの説得力が画面を通じて伝わってきました。

そして思ったのは、やっぱりナ・ホンジン監督の作品だなあ!ということです(笑)太鼓の鼓動とともにブレブレのカメラで映し出される住宅街での追走劇やら、いきなりがつーん!とくる独特の暴力性やらがチェイサーっぽいぞ!と思わせてくれてむしろ安心感すら与えてくれたというか。全体的に観てて飽きない映像作りをしてくれてましたね。それとは裏腹に序盤では繊細な音楽使いをしていたのも印象的でした。

『チェイサー』の成功で予算がたくさんもらえたのか、今回はさらに派手なアクションシーンが満載でした。車をボコボコになるまでぶつけまくるのはもちろん、今回はさらに西部警察を想起させる爆発(!)までもが出てきます。それらのシーンはうまいこと心情を表すようにできており、今日びカーチェイスなんて…と思っていたところの不意を衝くかのように素晴らしい興奮を与えてくれます。この人はホントアクションをとるのがうまい!

役者も素晴らしかったと思います。ミョン社長の不死身っぷり&豪傑っぷりに思わずかっこよさを感じてしまいました。特にあのシーンでは「牛骨!牛骨!( ゚∀゚)o彡゚」となってワクワクしました。というか主演の二人『チェイサー』から変わりすぎだな…特に主人公は、この人は『息もできない』の人じゃないか?と思わせるほどに変わってましたね。不幸を一身に背負ってしまった労働者の悲哀がよかったです。


ただ一番思ってしまったのが、やっぱり『チェイサー』と比べてしまうとイマイチ焦点の定まらない映画と感じてしまう、というところでした。

一番痛いのが、ところどころご都合主義的な場面が見られたところ。まずミョン社長の行動にかなり疑問点が見られます。船から落ちた主人公を部下を率先して自ら海に落ちて追う!*1いきなり襲われても斧で簡単になぎ倒す!極めつけは、この21世紀の現代において10人以上の敵に一人で立ち向かう!斧で!そして余裕で勝つ!というなかなかアレな展開をするところです。人物の異常性を出すというのは映画において多々見られる演出ですが、しかし今回は説得力が薄かった…最後の「あの」ハンマーのシーンもちょっとなぁ、というのが正直なところでした。

また、物語上複雑な人物関係になることになるわけですが、正直それ必要だったか?と思ってしまいます。主人公は複数の組織に追われるわけですが、それぞれが潰しあいをしてしまったのはちょっとなと。これだったらもっと大勢に追われる恐怖感をもっと継続させた方がよかったんじゃないかと思います。加えて今作のミステリー色はそれぞれの登場人物の造形にとる時間を狭めてしまったのではないでしょうか。もうちょっと時間をとって人物の感情表現を描いてほしかったと思います。

前述のように派手なアクションで所々でエンタメ性を高めておきながら、物語の全体的な欠陥のせいで総合的にはエンタメ性が薄味に感じてしまう…というもったいない作品。ただし変な映画よりかは全然面白いですし、私のようにナ・ホンジン最高!という方は観るべき作品でしょう。しかしながらこれ見ると、「まだ女が生きているかもしれない」という緊張感と、ここぞという時の感情表現を最大限に生かした『チェイサー』がどれほど優れた映画かを考えてしまいますね…

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こちらも焦点が定まっていない感じをもった作品。必要以上にグロに走った印象しかない。最近、雰囲気は悪くないんだけどあと一歩何か欲しいな…と思う作品が多いですね。

*1:部下を突き落すのかと思ってた