Wilco『Whole Love』

Whole Love-Deluxe Edition (2 CD)

Whole Love-Deluxe Edition (2 CD)

アメリカを代表するオルタナカントリーバンドの雄、前作"Wilco(the album)"より2年ぶりとなるアルバムです。今年のフジロックでもそのステージを観ましたが複雑に絡み合った音楽のエネルギーを感じさせてくれる素晴らしいステージだったので、否が応にも新譜にも期待は高まっておりました。

さて、ウィルコがどんな音楽をこれまでやってきたかを少しでも知っている人ならば、今作をかけた時にちょっと仰天してしまうことでしょう。1曲目"Art of Alomst"は、オルタナティヴロックの中でも結構ハードな部類と言っていい程に轟音でのジャムセッションが長い時間にわたって繰り広げられているのです。

ウィルコといえば、代表作"Yankee Hotel Foxtrot"にて顕著な様に、ロックやカントリーやらを音楽性のバックグラウンドに持ちながらも、繊細なまでに音世界を構築する音楽性に特徴のあるグループです。時折初期パンクっぽい曲をやったりハードなノイズを絡ませることもありますがしかしそれもあくまでヒネリの一部分にすぎません。そして、"Yankee〜"でのジェフ・トゥイーディーの乾ききった感情表現とトリートメントを施し過ぎてある種近づき難さすら感じさせる程のプロデューサーのジム・オルークのミキシングの結合が、9・11後のアメリカ社会の根底に流れた空虚な心情と共鳴したことでそのアルバムは人々の熱烈な支持を得ることになり、ウィルコはロックミュージシャンの中でも比較的アーティスティックな立場にいながら人気アーティストとなりました。

その後も"ヤンキー〜"の音楽性の影響の強いアルバムリリースしてきたウィルコですが、ここにきて無邪気にオルタナティヴなジャムを行っていると。このことは、ジム・オルークの影響を脱したということを示しているかもしれません。ここ最近のウィルコは60〜70年代の音楽を基調にしたポップロックを志向していた節があります。そしてその音楽は普段の何気ない心情を歌っていながらもどこか現代音楽に通ずる格調高さを感じさせる、いわば力を抜きながらも気の抜けない音楽をやっているという印象がありました。しかし今作では上述の1曲目に顕著なように素直なギターロックであり、無邪気と呼ぶのがしっくりきます。その後もカントリー調の音楽ありーのざっくりとしたロックンロールありーの雑多な音楽性を披露しますが近寄りがたさがありません。ウィルコは何か聞きづらくて苦手、と薦める友達の大体に言われつづけましたが今回はすんあり入ってくれるんじゃないんでしょうか。

”ヤンキー〜”は9・11の影響抜きには語れないアルバムです。*1その音楽性を払拭しはじめたということは、アメリカがあの事件を過去のものとし、表面上は大丈夫そうに見えても実はヒステリーすれすれの神経質な状態という場面を脱却し始めているのかもしれません。

今作を聴く限り、初期の骨太なアメリカンロック、ジムオルーク期のアーティスティックな音世界、そして最近のポップロック路線と音楽性を変遷してきたウィルコがまた違うフェーズに来たと言えるでしょう。毒が無くなってきた、といえばそれまでですが、しかしながら"Art of Almost"で始まるライブを想像すると無性にテンションが上がってしまうのが私の今の現状です。もうパワーコードで押しまくるしか能の無い大味なロックにはうんざりしているのではよ来日してくれ〜と願わずには居られません。

まぁ、そう思いつつも本編ラストの"One Sunday Morning(song for Jane Smily's boyfriend)"がまるでジム・オルークの近作"Vistor"を思わせる一見平坦な音にみえながらも深い郷愁を想起させ立体感のある”ヤンキー〜”に入っていてもおかしくない名曲であり、やっぱりこういうウィルコを聴き続けていたいかもと思ったのは事実ですが…

*1:レコーディングはテロ発生以前に行われているため本人たちの意図ではない