橋本一監督『探偵はBARにいる』

上司に誘われて観て参りましたー。すごくよかったです。

予告編を観た時は大泉洋ひょっとして悪役デビューか!?でも全然似合ってないぞ!今回の映画はDVDにしとくかなーと思ってましたが、蓋を開けてみれば何ということはないいつものコミカルで常にグチグチしてる大泉洋がいました。いや、こうなると逆に物足りないかな…と意地汚く手のひらを返しつつも楽しく鑑賞。

バーに常駐している探偵にある日「近藤京子」と名乗る謎の女性から依頼の電話がかかる。そして彼女の依頼を追っていくうちに事件に巻き込まれて行く…というお話。

とても「昭和」をイメージしている映画で、主人公が携帯を持っていなかったり、札幌の町並みがやたら古びていたりしていました。恐らくこれは昔のテレビシリーズを意識してのことでしょう。「探偵物語」や「ゼロの焦点」といった名前が観ている最中頭に浮かんできましたし。途中で電柱の上部に設置してあった「フレッツ光」の看板を観た瞬間、この時代設定は昭和だと勝手に思い込んでいた自分に気付きハッとしたくらいです。

個人的に、「一年後」となって雪に埋められた後に助けられた車の中で「なんでこんな風になったか聞かないの!?ねぇ!」と常に無感動な松田龍平扮する助手にキレてるカットが、カントリーサインあたりの頃の大泉洋の感じを想起させましたよ、みすた君!

あとは途中まで主人公達を追い詰める役割であるヤクザ役の人がとてもよかった。無実の人に何もそこまで…というシーンがあるのですが、その尋問のやり口のえげつなさが海外のマフィアっぽくて、やるなぁ…と。ガタイの良さで威圧するというよりも、次になにしでかすかわからない狂気をもったキャラクターが『ブルーベルベット』のデニス・ホッパーをイメージしているようにも感じました。

探偵という割には人に情報をペラペラしゃべるし行動もやや安易でやたらと生命の危機につながるような返り打ちに遭っていたり、何となく伏線回収が分かり辛かったり*1。とにかく仮想であろうとも日常を超えた出来事に出くわした時、自分がいかに日常において支持している信念に依拠して暮らしているかがわかる。人は道徳を批判しようとも道徳の外に立つことは不可だということ。よい映画はそういう意味で観客全てに「共通の経験」を提供してくれる。出来事に対処する人物に共感させてくれるというのは、ある種権力的ヤバさを持ちながらもそれ自体としてはとても魅力的で、映画を観た後人とそれについて語り合うことが出来るというのは、それだけでとても素晴らしいことなんだと思う。

この映画について「ベタだ」「何かテレビっぽい」という批判があるのはある程度仕方ないことだと思います。しかし定番と呼ばれるような共通して語れる何かがあるということ―そこから何かを始めても良い。最近とみにそう思います。人々の暮らしが多様性に満ちた(という言説が溢れるようになった)今だからこそ、多くの人の心を最大公約数的に掴むものが未だに存在するということに希望をもってしまいます。

気軽に観れて、軽快な余韻を残す佳作。どうでしょうファンのカップルなんかいたら、デートで二人で観れば盛り上がること間違いなしですよ。

カルメン・マキが出演そしてエンディングソングを担当して映画に華を添えてましたね。自分が唯一持っているカルメンマキ関係のCDがこれ。カルメンマキの野を駆けるヴォーカルもさることながらROVOの勝井氏の暴れまわりつつもリリカルなヴァイオリンにひたすら陶酔できる。

*2

*1:もちろん自分の観察力の不足による所も大きい)して物足りなさを感じる部分が無くはなかった。しかしここまで安定した面白さを提供できた映画も近年なかったように思います。「極上のエンターティメントに酔う」というフレーズに嘘はなかった。どうでしょう新作も震災であやふやになって大泉洋大丈夫かなーと心配していたのですが、この会心作にこれ以上ないくらいハマっている姿を観てとても安心しました。あと松田龍平の独特のキャラもとても魅力的。感情に乏しくても好感が湧くというヘンな役を体現してましたね。この二人は近年稀に見る名コンビだと思います! 映画を観ていると自分がどんだけ常識人なのかが痛感させられる。時としてジョーカーだったりアントン・シガーのような圧倒的な悪役にカリスマ性を感じることもある。しかしショッキングな殺人を息をするように行う『チェイサー』の犯人をどうしても許せない、こいつを牢屋に入れてもらわないとこちらの精神がどうにかなってしまうと感じたり、『セブン』の結末にカタルシスを感じ余韻に浸りつつも「でもこんな犯人周りにいて欲しくないな絶対に」と思っていたり、『ミスト』が勝手に裁きを行ってしまった人間の末路についての映画だったと知ったとしても裁きを否定する気にはなれなかったり((『シークレット・サンシャイン』はそういうテーマを中心にした作品。まあもっと早い話が遠藤周作なんだけども。

*2:あと、ライムスター宇多丸氏が「エンドロールの最後で監督名が中央でピタッと止まる映画にロクなのはない」と言っておりましたが、そのジンクスは今作品で破られたな…と個人的に思います。