ジェームズ・ガン監督『スーパー!』

昨日の続き。その日は『タクシードライバー』観に行ったあと渋谷に行ってミニシアター系の映画を観てきました。何せ近くの映画館じゃ面白そうなのやって無くて都会でやってる映画で観たいと思ってた作品がたまってたもんで…

で、観に行ったのが『スーパー!』という映画。

Super

Super

普段ファミレスで働いている冴えない男が妻に三行半を付きつけられてしまい、男と逃げていった妻を追ううちにヒ―ローのコスプレをして悪を倒すようになっていく…というお話。

とまぁあらすじだけをみると「何だ最近流行りのアメコミ実写化映画じゃん」と感じるかもしれません。しかしそのヒーローが麻薬の売人とかならまだしも、ちょっと行列に割り込んできたやつなんかを重量のあるレンチでボッコンボッコンにするようなキャラクターだとしたら?うん、ドン引きですよね。奇妙ですがそんな映画なんです。観る前にもらったチラシに町山智浩氏が「これは現代のタクシードライバーだ!」というコメントを寄せているのを見て流石にそれはないだろ…と軽く引き気味で劇場に入る事になりました。

しかしこれが最高に面白かった!小さな女の子が悪党をザクザク殺していく『キック・アス』にイマイチハマれなかったクソ真面目野郎の自分としてはこの映画はむしろ福音とさえ感じられました。笑うべきところで自然と笑いが起こるようなミニシアターの雰囲気が良かったこともあってか、観ていてとてもすっきりしました。個人的に今年ナンバーワンの作品かも。

何といってもこの映画の素晴らしい点は、徹底して暴力というものを冷めた視点から捉え、それをユーモアに転換しているところです。ちょっと前まで「無限の正義」なんぞを謳っていたアメリカもついにこんな映画を出すようになったか…と思わず時代の流れを感じてしまったのは何とも言い難い体験でした。正義に対する醒めた視線がバランス感覚がよくてとても気持ちいい。この映画はポストブッシュ時代を象徴している、というのはちょっと言い過ぎかな?

とにかくレイン・ウィルソン演じる主人公のダメさ加減の演出が容赦なくていい!「人生で輝いて居た瞬間は二つだけ」とかいうように、本当にこいつの人生ロクなことが無かったんだろうな、と痛感させるよう感じが出ています。『キック・アス』の主人公は何だかんだ言ってイケメンだからねー*1そしてその男と結婚してしまった妻がリヴ・タイラーという絶妙さ。うん、何とも言えない(笑)。

エレン・ペイジ演じるリビーは、頼りない主人公に対して物語をグイグイ引っ張っていくキャラ(まぁザックリいうとハルヒ)なのですが、エレンペイジがものすごくはまっています。線の細い感じもなんのそのという感じ。素晴らしいですね。個人的にいままで、エレンペイジほぼイコール麻生久美子というイメージを抱いていたのですが、あの狂気のヒロインっぷりにはさらに麻生久美子っぽさを感じずにはいられません。チクショウ、何で結婚したんだ久美子!

ただ、全く欠点のない映画という訳ではありません。それが一番示されているのはラストでしょう。目的は正しいにしても、果たして人を何人も殺しておいてあのまま主人公は幸福になって良かったのか?『タクシードライバー』へのオマージュといえば聞こえはいいですが。あるいはいくらクレージーだとしてもエレンペイジはあんな風になって本当に良かったのか?主人公を救ってくれたのに?この映画はエンターテイメントに振りきれている分、もっと明快なメッセージを打ち出しても良かった気はします。

90分ちょっとの映画ですが、正直もっときっちり作って120分の映画にしても良かったのではと個人的に思います。具体的には
(1)リビーがどうしてあんなキャラになってしまったのか
(2)何故キリスト教がモチーフとされているのか?
(3)そもそもグロ描写の意味は?
あたりをもっと深く掘り下げてもよかったんじゃないかな、と。

しかしここまで暴力というものに対して、それをやたらに誇示する訳でもなければルサンチマンよろしくそれを仰々しく描きたてる訳でもない、ただひたすらにそのしょうもなさについてクローズアップした作品はないとも思います。ネット社会で批判されるようなのは、社会に巣くう巨悪というよりも、ミクシィで悪行自慢する、本作のケビンベーコンにそっくりな小悪党連中ばかりです。しかしそれも仕方ないことなのかもしれません。人間は何らかのものを強く否定して生きていかずにはいられない、むしろそのことが人間存在の本質的部分と言えるのかもしれません。「世の中に善い/悪いことなんて一つもない」とかほざく人が次の日にはニュースを見て青筋立てて怒ってたりするのを見ると、何だかなぁ、と思うとともにしかしこれが人間なんだよなぁとも。自らの俗っぽさを認識し、正義なるものを無闇に否定するよりも不可侵の道徳原理に沿って行動してしまうのを認めていくしかないのかもしれません。

俺が信じる道を行くんだとか命をかけて守りたいものがあるといった正義のヒーローの考え方は、実はヤンキーとかの論理と非常に相性がいい。我々が漠然と持っている正義感を実際に行使してしまうと、本当の敵というよりも身近な悪にその矛先が向かってしまい、更なる深みにはまっていくのかもしれません。しかしそれでも我々は何らかの罪を非難することを止めないでしょう。この映画の持つ奇怪さはそのまま実生活の我々を映し出したもののように感じられて仕方ありませんでした。そのことを爆笑とともに伝えてくれた素晴らしい映画でした!

*1:でもレイン・ウィルソンも普段の写真を観る限りはそこそこカッコいい方でしたが。