トム・フーバー監督『英国王のスピーチ』

こんにちは。

ずっと観たかった『英国王のスピーチ』を今日やっと観てまいりました。

英国王のスピーチ コレクターズ・エディション [Blu-ray]

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あらすじとしては、20世紀初頭英国王の息子であったジョージ6世は持病である吃音をコンプレックスにしていて人前でスピーチするのが苦手であったと。「国民と話すことで国王は国民に信頼されるのに、私は話すことが出来ない」という絶望にかられているジョージに対し、型破りな言語療法士ローグ氏は懸命に治そうとして…というお話。

アカデミー賞を獲っているのでいまさら何だと言われるかもしれませんが、すごくいい映画でした。多分これを全面的に嫌いという人は少ないんじゃないかと思います。ストーリーがベタなのもありますが、それ以上に主人公のジョージ6世に感情移入できる工夫が整っているので王室の人間の悩みというよりかは一人の人間の苦悩がじかに伝わってきて「わかる!わかるよその気持ち!」と言えるような作品でした。

主役のコリン・ファースのダメな感じは「ザ・気弱」という感じで淑女の皆さんならどうかして「この人を守ってあげたい」と思わせるような哀愁溢れるものでしたね。最後のそれとなしに自信あふれる感じもあってかやられてしまった人はいるんじゃないでしょうか。奥さん役、ローグ役の人もそれぞれ素晴らしかった。*1

この映画、主人公は「うまく喋れない」という思いに苦しめられている訳ですが、その理由は、自身の吃音症と、それに加えて「英国王としての立場」によって苦しめられているという要素があります。当方もうまく舌が回らないほうなのでこのジョージ6世にはちょっと泣いてしまうぐらいに大いに共感したのですが、それ以上に個人としての意見は持っていながらも自らがいる立場によって自由に物事を喋れないというのを経験したために共感を覚えた人は多いのではないでしょうか。

また、この『英国王』は映画ならではの工夫が散見できる部分がありました。それはまず映像の立体的な感覚です。奥行きを生かしたアングルのカットが多く、特に王室内や議会でのシーンはやたらと重厚に映し出されているために、あたかも主人公がいるのと同様にその室内にいるような感覚にさせてくれました。また、音に関しても独特の感じがありました。室内での音がよく響いたりもしていたのですが、この映画の主題である「声」をクローズアップするための演出がなされていたと思います。コリン・ファースも低音の声を持つ俳優であり内面の声を具現化しようとしてうまくいかない、というような発話をうまく表現していました。これは映画館のちゃんとしたサウンドシステムで、主人公の声が内側にこもる感覚を共有するかのように体感しないと主人公に感情移入できないような作品なのかもしれません。

欲をいうなら、この映画では、最後のスピーチ以外は大体主人公のスピーチのシーンが冒頭のうまくしゃべれなくて気まずい雰囲気が出ているところでカットされてしまっているので、もっとスピーチの場面を出して惨めなところを惨めなまま伝えて欲しかった気もします。最後のスピーチに至るまでの成長がなかなか見えてこなかったのもそこにあるかもしれません。

しかしそれでも、自分の思いがなかなか伝わらないという普遍的な悩みを皆に伝わるように描いた『英国王のスピーチ』は良い映画でした。ポップでいながら歴史性の重厚さを湛え、高貴でありながら親しみのもてる演出はすばらしい。気の抜けたカットも一つもないし観ていて飽きさせない作品でした。

最後に、80年代にアメリカのインディーロックシーンに君臨しレディオヘッドなどに影響を与え、今もなお現役バンドとして活躍するこのバンドの曲を。この曲が収録されたアルバムのタイトル”murmur”とは「何言ってるのかよくわからない」という意味で、ボーカルのマイケル・スタイプの不明瞭な発声をバンド自ら皮肉ってつけたものだと言われています。

*1:嫌な兄役の人が『メメント』の人だったと後で知った!