ヴォルフガング・ベッカー『グッバイ、レーニン!』

すごく面白い映画を観たのでちょっと書かせて頂きます。

グッバイ、レーニン! [DVD]

グッバイ、レーニン! [DVD]

この映画を知ったのは高校三年の頃、某クラブ系音楽雑誌の映画紹介コーナーでのことでした。その時はタイトルから「結構政治的な映画なのかなー」とのイメージを受けたのを覚えています。あれから四年、大学生活を経て映画を観るようになってからツタヤの映画コーナーにも行くようになり、そしてこのDVDに再会し懐かしくなって観てみました。

で、肝心の内容ですがこれが本当に面白かった!ちょっと前までアカデミー賞関連作品を多く観ていてアメリカ的なものに少々食傷気味だったせいか、それまでのとは違う異文化からの作品に出会いまた違った刺激を受けることが出来ました。

舞台はベルリンの壁崩壊前の東ドイツ。つまり共産主義真っ盛りでその思想をひたすら教育で実践しようとする母親の下で育つ主人公。しかしそんな母の望むとおりには成長せず抗議のデモに参加している所を母に見られてしまい、母はそんな息子の姿を見て発作を起こし倒れてしまう。そして彼女が眠っている間ベルリンの壁は崩壊し、東ドイツも資本主義を受け入れるようになる…そして母が再び目を覚ました時、彼女は弱っており大きなショックを受けてはいけない体になってしまっていて、とても東西ドイツが統一されたと伝えられる状態ではなくなってしまった…というのがあらすじ。

この映画は共産主義に対しても資本主義に対しても冷静な視点を持っているところがあります。この映画の中では共産主義は古臭く人々の自由を奪うものとの印象を受ける一方で、資本主義もえげつないポルノやアングラ系メタル等やたらケバケバしいものとして描かれています。そこをドイツという当時真っ二つに分かれていた国を題材にすることでとても立体的にわかりやすく可視化することに成功していると思います。

また、この映画はその共産主義時代のドイツをとてもリアルに再現している所もいいです。左の思想の国と言えばソ連、という何となくあった先入観に対してソ連以外にも本気で平等国家を目指そうとしていた国があったんだなと。そしてそこで暮らしている人々が存在したんだなーと思わせてくれます。本当のところは知りませんし知ることももはやできないのですが、しかし今となっては時代遅れとされるような考えの国家の中で中途半端に日々を過ごしている主人公のような奴がいて親身に感じさせてくれ、まるでその国を訪れているかのような経験が出来ました。これはハリウッド発映画には無いものですね。

あと、国家の理想を示す歌を母親が子供たちに歌わせるシーンが何回かあるのですが、歌の歌詞がとても理想的です。人々は豊かで満ち溢れた生活をしている…桃源郷のような理想を謳うするのはどの国家だろうと行われることなんだなと感じました。自分もこの年になって建前を打ち立てる努力みたいなものも知るようになったので何とも言えませんが、とても美句秀麗な語句を謳っていてああこの人たちは本気だったんだなと。結果としてその努力は実らない訳ですが、その時代性に郷愁を覚える人がいてもおかしくないよな…と日本に居ながら思わせてくれるぐらい演出がリアルで素晴らしい。

そしてその主人公たちが東西ドイツ統一という歴史の転換点に立ち会うことになります。生活は一変し、それまで社会で信じられたものが全て否定されてしまう。これは西洋近代から現代への移行に伴いキリスト教が衰退する様子を描いたドストエフスキーやあるいは最近でいえば『グラン・トリノ』でのクリント・イーストウッドでも繰り返されている題材ですね。主人公は熱心に共産主義を信望する訳でもない今時の若者ですし主人公の姉が大学を辞めてバーガーキングのバイトになりそこの上司と結婚するということに表われている通り、この作品では大真面目にその題材に取り組むというよりかはむしろユーモアに満ちた展開でその混乱を表現しています。その温度がポップで風通しの良さがありとても心地よいです。*1

ラストはどうでしょう?母親は主人公が嘘を付いていたことを知っていたんだろうなと思います。しかし母が微笑んだのが主人公の優しさに対してなのかそれとも主人公が思想を引き継いでくれる、ということについての安堵なのか迷っていましたが、母親の告白からして前者ですね。ちょっと安心。

何にせよ、観ていてすごく楽しいし過去の歴史を体感させてくれる映画です。役者も皆いい感じですし。*2後味も爽やかでタイトルとは裏腹にすごくポップな作品ですので是非観てみて欲しい!

*1:病院を抜け出した母が運ばれて行くレーニン像を見つめる場面は名シーン!

*2:母親は入院してからの方が美しいと感じた