クリストファー・ノーラン『プレステージ』

何故私はクリストファー・ノーラン監督作品の中でも駄作と名高い『プレステージ』を絶賛してしまったのか?

まぁ今現在就職前の春で人生でもこれ以上ないくらいのモラトリアムというか暇な時間を過ごしている訳でして、本CDDVD漫画ゲームとコンテンツまみれの日々をおくらさせて頂いてるのですよ。その中でも映画は、今まで特に観る習慣が無かったものをここ最近で急に見るようになりその面白さを知ってから劇場・DVD問わずサルの如く観てます。*1

で、もちろん数を観てればそこそこ良作にあたったりする訳で、すごい映画に当たったときはもう「わぁ映画観るようになってよかったー」とか素人なりに思ったりします。そういう時はすんごく嬉しいんです。

つい先日、この映画観たんですね。

もうすんごく面白かったんですよこれが!ええ何この最後まで筋が読めない展開!役者陣皆役ばっちり!脚本も人間のどうしようもない部分を丹念に描いててこれこそ人間ドラマ!構成が二重にも三重にも意味を重ねててステキ!そして難解と思わせながらもエンターテイメント性を失わないクリストファー・ノーラン最高!

てなことをつぶやいてからざーっとネットで感想を見るために巡回してビビった。

だって酷評ばっかり。

割とリアルに血の気引きました。サァーッて。うわ俺やっちゃったよ皆の意見と違うこと言っちゃった仲間外れにされるよどうしよう死のうかな…いやでも死ぬ前にやることがある!ブログの更新だ!ブログにこれまで親類に頂いた食物への感謝の念を述べて生への渇望とそれが叶わなかった無念さを吐露して死のう!そしてライバルだった奴に毎年自分の墓にビールをかけてもらうんだわーい!

というのはともかく*2、「ではなぜそうなってしまったのか?」ということに対する自分なりの分析をしてみたいと思います。そうすることで世間と自分とのずれを認識し、自分がこれからどう生きていくのかの参考にしたいのです。だって私にできることってこれくらいしかないもの…

まずこの映画に対する批判を見てみましょう。ざっと見た感じ批判点は次の二点に集約されているようです。

1.オチがSFでありえない
2.オチが読めた

1は、この映画は19世紀のイギリスという史実に基づいた背景の展開をしているものの、最後のダントン側のマジックに●●●●●というぶっとんだ機械がいきなり出てきて全体としての整合性が全然取れてないじゃないか、という意見。そして次の2はそのオチが研究所での帽子と猫のシーンで気付いてしまった、というもの。

さて、これらに対して私がどうだったかというと、全く自分は当てはまらなかったというほかありません。

1に対して。ダントンの機械の内実を知った瞬間でも自分の頭は「これは全然ありだな」という判断しかしておりませんでした。そしてこれは今再考してみるとこれには二つの原因があると思います。(a)まず、自分が映画に対してど素人であり、「一応史実に基づいてるんだから空想科学読本みたいな機器持ち出してきたらアウトだろ」というような「映画の前提」を知らないまま観たこと。つまり世界観の前提が何故か(他人と比べて)緩かった。(b)「この映画は荒木飛呂彦がイラストを描いたグッズが配られたらしいが、彼のマンガを読みかつそのようなストーリーを求める層にはうってつけだろう」という評を目にしたのですが、まさに自分がそのようないわば「マンガ脳」で映画に触れ合ってしまっている可能性がある。例えば『電脳コイル』は技術設定に批判も多いアニメですが、自分はまるで現実と全く変わりないかのようにキャラの感情を共有し泣いたりしています。そうしたものを享受しているなかでどこかに普通の人よりも「これはアリ」という感覚が拡張されてしまっていたのかもしれません。もちろん、両方をちゃんと区別して楽しんでいる人の方が多いと推測されますが。

2について。まったく分かりませんでした。観ている中で私はあの装置を「普段は下に置かれているもので、入った瞬間人を瞬間移動させるもの」だとばかり思っていたのでネタバラシをした瞬間えぇーっとなりました。普通に。そしてそこからの怒涛の複線回収。観ているこっちは口あんぐりで最後はもうブラボーと心の中で言っておりました。まぁこれは観ている人の知能の問題ですね。あとニコラテスラという人となりを知っているか知ってないかでもオチの察知度は変わってくるんじゃないでしょうか。

さて、以上のことを踏まえて私が評価を変えるかというと、あんまりその気にもなれないなぁ…というのが正直なところ。だってだまされたんだもの。いいじゃん俺楽しかったんだからさ。というかこのノーラン監督は観客にプレッシャーを与えておいて最後に開放する、というのがうまい。そういった意味で彼が今ハリウッドの最前線にいるというのもうなずけます。エンタメ産業全体が斜陽の中これだけ「面白い」作品を作ってくれることに力強さを感じます。その最もたる映画だった『インセプション』の雛型がこの『プレステージ』ではないでしょうか。全体を通じてパズルのピースをはめ込んでいくような構造により解決するという快感が共通していたと私は考えます。*3

私としては、これは『メメント』で脚光を浴びたノーランが、その構造の強度を保ったままエンターテイメント性を取り入れた結果出来た最高の娯楽作だという評価は揺るぎません。映画を前にして二時間飽きさせない、という事においてノーランは最高の技術を持った監督の一人というほかなく、彼の重層的構造の構築のうまさを観る為だけでもこの映画を観る価値はあると思います。

プレステージ』普通に面白かったよって人がもっといて欲しい…うう


【(4/3)追記】史実に基づいた物語じゃないじゃん…という人への反論として、「一番最初のマジックの時、何であんな電気ビリビリしてるんだよ」というのを思いついた。十九世紀であんな風に電気が流れたりした事実があるのかな?あれって「この映画は史実に囚われないという」一つのシグナルだったのでは。

*1:ヒアアフター』劇場で観たかったなー。観る予定だった日に飲み会誘っておいて俺のことを結局五時間待たせた揚句未だにケロッとしてる某を死ぬまで許さん

*2:でもあの遺書、ほぼノイローゼだった時期に見ていつも泣いてました

*3:インテリぶっといて詳細な設定が弱いとかいう批判はあるにしても