『チェイサー』

あんまりこういう言い回しは好きではないのですが、ここ何年か映画を観た感じでは間違いなくベスト。観ていてとても気分の悪くなる鬱映画ですので皆さん観ましょう。そして今の俺と同じくらいどんよりした気持ちになりましょう。本当におススメです。

風俗嬢ばかりを狙った連続猟奇殺人がテーマなのですが、とにかく救いが無さ過ぎる。映画の最初に出てきた風俗嬢の結末が特に悲惨です。何であんなに都合よく犯人に…という展開で、今の邦画ではショッキングで絶対実現できないと思いました。また犬を殴るなど結構トンだ表現をされた時はむしろ爽快でした。現在の日本のコンテンツに触れてきた中で、自分の内に知らぬうちに醸成してしまっていたモラルみたいなものの存在に気付かされるのが異文化に触れる時の醍醐味かもしれません。

この映画は「暴力」というテーマに支配されています。犯人役の人の何考えてるかわからずいつ暴力をふるうか見当が付かない緊張感&イライラはかなりのもの。こんな奴とっとととっちめて欲しい、さぁ早くヒーローを登場させろ!といっても何故か犯人の有利な方に状況が動くさまは既存の物語進行への挑戦の思いを感じさせます。しかし実際の連続殺人というのはこんな感じで、助けが欲しい場面でもそんな奴は来ないし女性や老人など弱い者は身勝手な犯人の手によりどんどん殺されて行くのが実情なのかなと思います。そのリアルさがこの映画のスリリングさにつながっています。*1

また警察の振る舞いも「暴力」的。やたらと権威的に振る舞う割には殺人の自白をした犯人を追いつめることが出来ない無能さにはとてもイライラさせられます。ちょっと前に「いや体制側が暴力的に民衆を統制するのも仕方が無い」とか言っといて何ですがこの警察の機能の働かなさを目の前にすると警察もなんだかなーという心持ちにさせられます。

あと気になったのが演出ですね。シーンのカット割りがリズミカルで全体の進行がサクサク展開していました。これはやたらとペチペチいってて湿った印象を与える喧嘩シーン等で暴力性を表現するのに一役買っていたのでは。中島哲也監督の今の持て囃されぶり等に顕著ですが、こういったポップな手法が最近では受けてますね。ハードコア映画ファンの人には賛否が分かれるところでしょう。

こういった普段見ないような文化圏のものに触れることで得られることは多いです。例えば全く違った風土の中で形成されている道徳感覚(この映画の場合だと主人公がいる裏の世界の秩序、あるいは警察機構)は普段私たちが何気なく過ごしている日常から乖離してしまっているため全く違った世界のように見えます。新しい世界を経験することは自らの持っているもののを再び見直させてくれますし、そのこと自体は極めて冒険的でありとてつもなく私たちを興奮させてくれます。今作はこのことを鮮やかに示してくれた映画でした。素晴らしかった!

参考:ラジオ映画館:ソウル20人殺しをモデルにした「チェイサー」*2

*1:主人公が桑田圭祐に似ていたのは救いがあった、といえるかも。時々ニヤッとすることができた。

*2:性行為の代わりとしての暴力、という映画だと http://www.amazon.co.jp/%E7%8A%AF%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E7%99%BD%E8%A1%A3-DVD-%E8%8B%A5%E6%9D%BE%E5%AD%9D%E4%BA%8C/dp/B000Y92A46/ref=sr_1_1?s=dvd&ie=UTF8&qid=1299008934&sr=1-1 を想起した。観てないけど。